第16話:銀雪の庭と解けない魔法
数年の月日が流れ、王都に再び柔らかな雪が舞う季節が訪れた。
かつて「氷の貴公子」と恐れられたガイアス・グランツの邸宅は、今や冷徹な静寂ではなく、幼い笑い声と温かな魔力の残滓に包まれている。
「パパ、みて! お花が凍ったよ!」
庭で声を上げたのは、ガイアス譲りの銀髪を揺らす小さな少年だった。カレンに似た意志の強い瞳を輝かせ、指先で作った小さな氷の結晶を自慢げに掲げている。
「……ああ、筋がいい。だが、魔力の練り方がまだ甘いな。僕が手本を見せてやろう」
そう言って息子を抱き上げたガイアスの表情は、かつての刺々しさは消え失せ、深い慈愛に満ちている。とはいえ、その独占欲が薄れたわけではない。
「ガイアス、あまり英才教育が過ぎると子供が疲れちゃうわよ」
テラスから苦笑いしながら現れたカレンに、ガイアスの視線が吸い寄せられる。数年経ち、大人の色香を増した彼女の首元には、今もあの日刻まれた執着の証のように、彼から贈られた最高位の魔導石が輝いていた。
「……カレン、外は寒い。君は中で休んでいろと言ったはずだが」
ガイアスは息子を地におろすと、すぐにカレンの元へ歩み寄り、当然のように彼女の腰を抱き寄せた。
その手つきは、片時も彼女を離したくないという、数年前から変わらぬ狂おしいほどの独占欲に満ちている。
「もう、過保護なんだから。私だって魔導師よ? 寒さくらい魔法でどうにかできるわ」
「ダメだ。君の体温を管理していいのは、僕の魔法だけだ」
息子の前だというのに、ガイアスはカレンの額に深く口づけを落とす。カレンは顔を赤らめながらも、彼の腕の中に収まる心地よさに、幸せを噛み締めていた。
「ねえ、ガイアス。あの時……地下室で助けてくれた夜、こんな未来を想像してた?」
カレンの問いに、ガイアスは少しだけ視線を伏せ、彼女の手を強く握りしめた。左手の薬指に嵌められた指輪は、今や二人の魔力が完全に溶け合い、穏やかに、しかし永遠を約束するように白銀に輝いている。
「……想像などしていない。僕はただ、君を誰にも触れさせたくなかった。君を僕の檻に閉じ込め、一生僕だけを見続けさせることしか考えていなかったよ」
「ふふ、相変わらず重いわね。……でも、私も同じよ。あんたの鎖の中にいるのが、世界で一番自由になれる場所なんだもの」
雪が二人を包み込むように降り積もる。
ガイアスはカレンをさらに強く抱きしめ、誰にも聞こえないほど低い声で、けれど断罪の呪文よりも重い誓いを囁いた。
「愛している、カレン。……来世でも、その先でも。君がどこに逃げようと、僕は必ず見つけ出し、僕の魔力で君を捕まえにいこう」
「ええ、捕まりにいってあげるわ。……ずっと、ずっと、愛してる」
幼い息子の笑い声が響く中、二人は再び唇を重ねた。
それは、数年前に始まった「甘い拘束」が、永遠に解けることのない幸福な魔法へと変わった瞬間だった。
(完)




