第7話:脱出テスト
数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。
ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。
もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。
時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。
月の一族(最初にして最も偉大な一族)。
闇の一族。
血の一族。
蝶の一族。
植物の一族。
雪の一族。
火の一族。
水の一族。
風の一族。
岩の一族。
それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。
だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。
それは〈影時〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。
だが誰も知らなかった。
その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。
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「――それでは皆さん、互いに近づいてください」
実況室の中で、森山先生はマイクを握りしめながら試合の進行を追っていた。
彼女の指示に従い、生徒たちはフィールド中央へと集まっていく。
その時――リリィ先生が彼らの前に立ち、ゆっくりと袖をまくり上げた。
反対の手で腕を強く押さえる。その仕草は、まるで傷口を抑えているかのようだった。
次の瞬間――
地面から無数の根が噴き出し、生徒たちの体に絡みついた。
まるで生きているかのように蠢くそれは、一瞬で全員を宙へと持ち上げる。
「なっ……!?」
予想外の展開に、生徒たちは一斉に息を呑む。
最初の試験が――まさか教師との対峙だとは、誰も想像していなかった。
「第一試験――脱出試験です」
森山先生の声が、会場に響き渡る。
「リリィ先生が根で皆さんを拘束しています。ルールは単純――この状況から脱出してください」
生徒たちは必死にもがいた。
だが、根はびくともしない。
その締め付けは、まるで獲物を絞め殺す蛇のように強く――
逃れることなど不可能に思えた。
(……何かあるはず)
カミカは周囲を見渡し、やがて視線をリリィ先生へと向けた。
冷静に、その挙動を分析する。
マリは荒々しく暴れていた。
根に噛みつき、爪で引き裂こうとするが、まったく効果はない。
その様子を見た瞬間――
リリィ先生の眉がわずかに歪んだ。
一瞬だけ、自信に満ちた表情が崩れる。
(……今のは?)
すぐに平静を装ったものの、わずかな呼吸の乱れ。
それを、カミカは見逃さなかった。
さらに――別の生徒がバランスを崩し、落ちかける。
リリィ先生は即座にそちらへ意識を向け、根で支え直した。
(同時に複数の動きには対応しきれない……!)
思考のピースが、ゆっくりと繋がっていく。
(チャンスは一度――意識を逸らせばいい)
カミカは静かに靴紐を解くと――
それを近くの生徒の頭へ投げつけた。
「うわっ!?」
突然の出来事に、その生徒は溺れるようにもがき始める。
リリィ先生の意識が、そちらへ向いた――その瞬間。
カミカは全身に力を込め、根を押し返す。
――解放。
「カミカ・キラス、合格!」
森山先生の叫びと同時に、観客席から歓声が上がった。
――――
「チッ……」
マリは舌打ちしながら、腰に絡みつく根を力任せに引きちぎる。
骨が砕けるような音が響いた。
その直後――
「マリ・スミス、リン・シリガミ、合格!」
リンはカミカの動きを完全に模倣していた。
静かに観察し、同じ手段で突破する。
だがマリの視線は――ただ一人、カミカに向けられていた。
(先を越された……)
彼女にとって、二位など価値はない。
頂点でなければ――意味がないのだ。
一方でリンは何も言わず、ただ静かに二人を見つめていた。
嵐と嵐の間にある――静寂のように。
――――
その頃、別の場所では。
「考えて……ヒナ、考えて……」
ヒナは小さく呟きながら、必死に思考を巡らせていた。
だが答えは見えない。
試した方法も、すべて失敗。
そんな中――彼女の視線がサイカに止まる。
サイカは、こんな状況にもかかわらず微笑んでいた。
「落ち着いて、お姫様。まずは冷静に」
「無理だよ、サイカ……」
その一言が、逆にヒナの思考を引き戻した。
(……落ち着く?)
ゆっくりと、リリィ先生へ視線を向ける。
(汗……? 表情も、最初より余裕がない……)
(まるで重いものを持ち上げてるみたい……)
(つまり――)
「分かった!!」
ヒナは勢いよく顔を上げた。
「これは目的のある試験だよ!」
「え?」
サイカは瞬きをする。
「カグラって、何が基本だった?」
「リラックス……?」
ヒナは強く頷いた。
「そう! この試験は、それを教えようとしてる!」
理解したサイカの目が見開かれる。
「なるほど……実戦の前段階ってことね」
ヒナは目を閉じ、深く呼吸した。
静かな花園を思い描く――
すると、絡みついていた根が、ゆっくりと緩んでいく。
「ヒナ・サクラ……合格!」
――歓声が響いた。
しかしヒナは止まらない。
「みんな! 力を抜いて! リラックスして!」
その声に応じるように、生徒たちも次々と成功していく。
だが――
「それは不正だ!!」
観客席から怒号が響いた。
リリィ先生はゆっくりと振り返り、冷たい視線を向ける。
「会話を禁じるルールはありません。それに――これは“脱出試験”です」
「協力も、立派な戦術ですよ」
怒りを露わにする男に、リリィ先生は言い放った。
「黙れ」
「指図は要りません。気に入らないなら――出て行きなさい」
――――
「すご……」
フブキが呟く。
ヒナの肩に手を置き、優しく笑った。
「気にするな。君はすごかった」
ヒナは頬を赤く染めながら、小さく微笑む。
「……ありがとう」
「次も頑張ろう!」
「うん」
――それが、ヒナだった。
人と話すことに慣れていない、引っ込み思案な少女。
だがその隣には――
明るく、誰とでも打ち解けるフブキがいる。
もしかすると彼だけが――
彼女を殻から連れ出せる存在なのかもしれない。




