表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第4話:魂繭からの抜け道

 ナギの右腕から、わずかに軋む機械音がした。

 その鈍い金属音に、パフの視線が止まった。


「少年、その腕は?」


「……これか?」


 ナギは右腕を軽く持ち上げ、パフに見えるよう角度を変えた。

 自分でも少し誇らしげに、その義腕を眺める。


「これは、アーク神様から授かったものだ。

 漁で腕をなくしたときに、アーク様の神殿で祈りが届いて、

 神様が治してくれた」


「面白い。アークに認められたというのか……」


「ああ、この腕には何度も救われた」


 ナギは足元の枯れ木をつかみ上げた。

 指先が沈み、音もなく幹が歪む。

 次の瞬間、乾いた破裂音とともに木が砕け散った。


 パフの金色の瞳に、計算高い光が宿る。


「どうだ少年、私を外に連れ出してもらえないか?

 ここに閉じ込められているのも、

 いい加減飽きていたところだ」


「ここから出られるのか?」


「ああ、その腕があればな。

 だが、菌腐穴きんぷけつを抜けなければならない」


「菌腐穴?」


 パフが〈アクア・ステラ〉の中で目を細めた。


「そこを抜けなければ、魂繭たままゆからは出られない。

 だが、そこは隘路あいろだ。

 通る者を選ぶ。

 選ばれなかった者は、そこで終わる」


 ルミナが小さく喉を鳴らすのが聞こえた。


「菌腐穴の中は瘴気が濃い。

 呼吸すれば、菌糸は身体の内部に根を張り、瞬く間に緑の巨人へ変えてしまう。

 その変化に耐えられない者は、血を吐いて死ぬ」


 淡々とした口調だが、言葉は冷たい刃のようだった。

 パフは次に、背を向けたままの少女に視線を移す。


「天空人。……いや、ルミナと言ったか」


 少女の肩が、わずかに揺れる。


「菌腐穴を抜けるには、フィルターが必要だ。

 お前のスーツには、

 まだ“使える”ものが残っているだろう?」


「……私の、スーツ?」


 ルミナがゆっくりと振り返った。

 その瞳にはまだ拒絶の影があったが、

 胸の奥では、生き延びたいという本能が静かに形を変え始めていた。


「そうだ。それがあれば、菌腐穴の瘴気にも耐えられる」


「でも、1つしかない。」


「取り外して、交代で使えば、

 二人同時に通れるだろう」


「交代……?」


「そうだ。

 吸気のタイミングを合わせれば、

 フィルターを“回す”ことができる。

 お前たちが互いに息を合わせれば、だがな」


「そんな危険なこと、できるわけないじゃない!

 瘴気を吸い込めば終わりなんでしょ!?」


「では、ずっとここに残るつもりか?

 そして、あの『緑の巨人』と同じ姿になるか?」


 パフの視線の先には、無言で佇む緑の巨人がいた。

 ルミナは自分の腕に浮かび上がった微かな緑色を見つめ、

 絶望に顔を歪める。


 巨人が遠くから二人の様子を眺め、

 枝をわずかに揺らした。

 それは、何かを伝えようとしているようにも見えた。


「ルミナ……行こう」


 ナギが彼女の目を見て、静かに言った。


「危険なのは承知だ。

 ここにずっといるわけにはいかない。

 俺を信じてくれ」


 ルミナはしばらくナギの真っ直ぐな瞳を見つめていたが、

 やがて諦めたように、深く、重い吐息をついた。


「……仕方ないわ。

 フィルターを外しましょう」


「やってみよう」


 ナギは力強く頷いたが、すぐにルミナの胸元へ視線を落とした。

 彼女のスーツに組み込まれた呼吸フィルターは、

 簡単に外せるような代物ではない。


「……スーツ、壊すぞ。

 フィルターだけは、傷つけないようにする」


 ルミナの肩が、わずかに震えた。


「着たままでいいのよね?」


「脱ぐ必要はない。

 俺の腕なら、装甲だけ割れる」


 ナギは機械の指先を、そっとスーツの胸部パネルに当てた。


 金属が軋む。


 ルミナは胸元を押さえたまま、

 ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 その沈黙は、恐怖ではなく――覚悟だった。


「大丈夫だ。心配ない」


 ルミナは目を伏せたまま森の光を浴び、

 ゆっくりと頷く。


 少年の腕は岩を砕く力を持ちながら、

 今は羽根を扱うように慎重だった。


 ひとつ、またひとつと装甲が割れ、

 内部のフィルターが露わになる。


「……取れた」


 ナギは両手で包むようにフィルターを持ち上げた。

 ルミナは胸元を押さえながら、かすかに息をつく。


「こんな方法で、本当に大丈夫なのかしら……不安だわ」


「大丈夫。きっと何とかなるさ」


「タイミングは、絶対に間違えないでよ。

 じゃないと、死んでしまうんだから」


 その一言に、ナギの表情が引き締まった。


 ナギは周囲を見渡し、気持ちを切り替えるように立ち上がる。


 呼吸フィルターの付け替えに両手を使わなければならない。

 球体を抱えたまま抜けるのは、無理だ。


 ナギは頭上の枝から垂れ下がるツタを掴み、

 力を込めて引きちぎった。


 地面に腰を下ろすと、

 彼は慣れた手つきでツタを編み始める。


「何をしてるの?」


「背負える網袋を作る。

 パフの球体を抱えてたら、

 両手が塞がるだろ」


 迷いのない指の動き。

 その静かな確かさに、ルミナの胸の奥で何かがわずかに揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ