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プロローグ

 海が消えてから、どれくらい経ったのか。

 風にさらわれる廃砂の音だけが、その問いに答えてくれるかのようだった。


 世界はひび割れ、かつて海だった土地は、銀色の砂漠へと変わり果てた。

 潮の匂いはとうに失われ、人々の記憶からも「海」という言葉は消えかけている。


 だが――少年は知っていた。

 この腕に抱く、小さな球体の中にだけ、海がまだ生きていることを。


 透明な〈アクア・ステラ〉の中で、一匹の魚がふわりと漂った。

 淡い金色の瞳が少年を見つめ、ぽつりと言葉を落とす。


「ナギの涙は、海の匂いがするな。……アーク神に認められた者の証だ」


 少年は黙ってうなずいた。

 喉が渇いて声が出ないのか、それとも言葉が要らないのか。魚には、どちらなのかを問いただす必要もなかった。


「行こうパフ。海が消えても、海を知る者はまだ死んでいない。

  もう一度この世界に“水”を取り戻すんだ」


 少年は顔を上げる。


 視界の果て、銀色の砂漠の至るところに、それらは在った。


 砂丘から天を掴むように突き出した、錆びついた巨大な腕。

 首から上を失い、半身を砂に埋もれさせた鉄の巨躯。

 風化し、岩塊のように静まり返った無数の巨人たちが、まるで墓標のように世界を埋め尽くしている。


 そこに眠るのは――かつて人類が“機械神”と呼んだものたち。


 少年は歩き出す。

 小さな球体の海と、不死の魚を抱いて。

 静かなる鉄の巨人たちに見下ろされながら。



 その旅が始まる、ずっと前――。

 少年は、ただ砂鯨すなクジラを追う一人の漁師にすぎなかった。

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