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第38話:最初の逸脱

 ムナリスの城下での暮らしに、少しずつ身体が馴染んできたころだった。

 酒場や市場の噂話は、ある出来事一色になっていた。

 ――東方国境近くの辺境領で反乱が起きたらしい。


 蜂起したのは、年貢の増徴や徴発に耐えかねた農民と、流れ者の傭兵たちだ。城塞を占拠し、領主軍を退けたという。

 王国軍は疲弊し、国境の防備ですら手一杯だ。隣国カルドミアとは戦争をする力もないが、元来の不仲は消えていない。裏で手を引いている可能性を否定する者はいなかった。


 「旦那ほどの魔法師なら、すぐに声が掛かるはずだ」

 宿の主人が茶を置きながら言う。

 王都からの直令がなくても、地方貴族や軍の斡旋人がやって来るだろう――そんな含みがあった。


 だが、オレは短く首を振った。

 「悪いが、行く気はない」

 主人は怪訝そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


 本来の『ラグナ』のシナリオなら、ここでプレイヤーは反乱鎮圧戦に参加し、実力を披露して功績を立てる。それが貴族としての道の第一歩だ。

 だが、オレは別の道を探すつもりだった。


 市場を歩くうち、ふと裏通りの露店に足が止まる。

 香草や干し肉の匂いに混じって、古びた羊皮紙の束が積まれていた。

 その中の一枚――地図と呼ぶには粗いが、北方の辺境領域が大きく描かれている。

 山岳地帯と断崖、そして中央にぽっかり空いた“未踏域”の印。そこには「ヴァルガルド」と記されていた。


 「そいつは珍しいぜ」

 売り手の男が声を掛けてくる。

 「王都の地図には絶対に載らない。北の連中はあそこを“龍の背”って呼んでる。道は険しいが、辿り着けば――」

 そこまで言って、男は口をつぐみ、にやりと笑った。


 オレはその紙切れを手に取った。

 東方の騒乱には興味が湧かない。だが、地図に描かれた北方の空白地帯は、奇妙な引力を放っていた。

 ――これが、後にオレを北方へ向かわせる最初のきっかけになった。

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