第二章 消えた少女
歌舞伎町の街は、まだ午後だというのに人いきれとネオンの気配に満ちていた。雑居ビルの立ち並ぶ路地を歩きながら、私は手帳を片手に足を止める。
藤崎美沙、警視庁新宿署生活安全課。三十五歳。
ここに来たのは、またひとりの少女が姿を消したという通報を受けてのことだった。
失踪したのは十二歳。地元では真面目な子だと評判だったらしい。だが家庭に事情を抱えていたのか、数日前から夜の繁華街を出歩くようになっていたという。最後に目撃されたのは、歌舞伎町の路地裏。そこを境に、足取りはぷつりと途切れている。
街を見回すと、昼間からキャッチやスカウトが声を張り上げ、外国人観光客が写真を撮り、眠らぬ街の「日常」が広がっていた。そこには、少女が姿を消した痕跡などどこにも見当たらない。
だが、私は知っている。こうした街の雑踏にこそ、人が呑み込まれて消えていく。誰に気づかれることもなく。
通報を受けてから三日が経っていた。
警察の捜索は形式的に行われ、ニュースの片隅で取り上げられただけ。だが、私はどうしてもこの事件に引っかかるものを感じていた。
理由は単純だ。あの子の顔が、かつて助けられなかった少女と重なったからだ。
十年前、私は同じように歌舞伎町で行方不明になった少女を追っていた。だが結局、彼女は二度と見つからなかった。事件は未解決のまま、記録に埋もれている。あの時の悔しさと無力感は、いまだに胸に刺さったままだ。
だからこそ、今回だけは見逃せなかった。
路地を進みながら、私は周囲の店主やスカウトに片っ端から声をかける。だが、返ってくるのは決まり文句ばかりだった。
「見てないね」
「ガキなんか相手にしねえよ」
「ここじゃ毎日誰か消えるんだ、いちいち気にしてられない」
誰もが無関心を装う。その裏で、何かを知っているのかもしれない。だが、そう簡単に口を割る連中ではない。金や暴力で繋がった関係が、街全体を沈黙で覆っている。
私の耳に、ひそひそとした会話が流れ込んできた。
――「また子供が消えたらしい」
――「今度はどこへ行ったんだろうな」
路地裏の影で、半グレ風の若者たちが煙草をふかしながら笑っていた。
胸の奥に冷たいものが走る。
この街に渦巻く闇の中に、少女は確かに飲み込まれてしまったのだ。だが、その先に何があるのかは、まだ霧の向こうだ。
署に戻れば、上司からは「過剰に深入りするな」と釘を刺されるに違いない。だが、私は自分に言い聞かせる。
あの子を救い出せなければ、私はまた同じ過ちを繰り返すことになる。
ふと空を見上げると、ビルの隙間から細い光が差し込んでいた。
この街のどこかに、まだ息をしている少女がいる。そう信じなければやっていけない。
私は手帳を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「必ず見つけ出す」
その決意を胸に、再び喧騒の中へと歩みを進めた。