表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/173

第二章 消えた少女



 歌舞伎町の街は、まだ午後だというのに人いきれとネオンの気配に満ちていた。雑居ビルの立ち並ぶ路地を歩きながら、私は手帳を片手に足を止める。


 藤崎美沙、警視庁新宿署生活安全課。三十五歳。

 ここに来たのは、またひとりの少女が姿を消したという通報を受けてのことだった。


 失踪したのは十二歳。地元では真面目な子だと評判だったらしい。だが家庭に事情を抱えていたのか、数日前から夜の繁華街を出歩くようになっていたという。最後に目撃されたのは、歌舞伎町の路地裏。そこを境に、足取りはぷつりと途切れている。


 街を見回すと、昼間からキャッチやスカウトが声を張り上げ、外国人観光客が写真を撮り、眠らぬ街の「日常」が広がっていた。そこには、少女が姿を消した痕跡などどこにも見当たらない。

 だが、私は知っている。こうした街の雑踏にこそ、人が呑み込まれて消えていく。誰に気づかれることもなく。


 通報を受けてから三日が経っていた。

 警察の捜索は形式的に行われ、ニュースの片隅で取り上げられただけ。だが、私はどうしてもこの事件に引っかかるものを感じていた。


 理由は単純だ。あの子の顔が、かつて助けられなかった少女と重なったからだ。

 十年前、私は同じように歌舞伎町で行方不明になった少女を追っていた。だが結局、彼女は二度と見つからなかった。事件は未解決のまま、記録に埋もれている。あの時の悔しさと無力感は、いまだに胸に刺さったままだ。


 だからこそ、今回だけは見逃せなかった。


 路地を進みながら、私は周囲の店主やスカウトに片っ端から声をかける。だが、返ってくるのは決まり文句ばかりだった。

「見てないね」

「ガキなんか相手にしねえよ」

「ここじゃ毎日誰か消えるんだ、いちいち気にしてられない」


 誰もが無関心を装う。その裏で、何かを知っているのかもしれない。だが、そう簡単に口を割る連中ではない。金や暴力で繋がった関係が、街全体を沈黙で覆っている。


 私の耳に、ひそひそとした会話が流れ込んできた。

 ――「また子供が消えたらしい」

 ――「今度はどこへ行ったんだろうな」

 路地裏の影で、半グレ風の若者たちが煙草をふかしながら笑っていた。


 胸の奥に冷たいものが走る。

 この街に渦巻く闇の中に、少女は確かに飲み込まれてしまったのだ。だが、その先に何があるのかは、まだ霧の向こうだ。


 署に戻れば、上司からは「過剰に深入りするな」と釘を刺されるに違いない。だが、私は自分に言い聞かせる。

 あの子を救い出せなければ、私はまた同じ過ちを繰り返すことになる。


 ふと空を見上げると、ビルの隙間から細い光が差し込んでいた。

 この街のどこかに、まだ息をしている少女がいる。そう信じなければやっていけない。


 私は手帳を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 「必ず見つけ出す」

 その決意を胸に、再び喧騒の中へと歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ