709話 煙
ナズナが帰ってきたのは、それから二十分ほど経った頃だった。ナズナの顔は妙にスッキリとしており、何をしていたのか想像も出来ないが、楽しかったことだけは顔を見ればわかる。
それほどまでにナズナの顔は、ストレスとまるで無縁と言いたくなるほどまでに肌に艶を感じた。
「随分と楽しめたんだな、ナズナ。顔に思いっきり楽しかったって書いてあるぐらいには顔がニヤけてるぞ」
「だって、久しぶりにここまで体を動かせたんだもん。ここ最近、ほんと酷かったのを反省してよね」
ナズナはそうして鼻歌混じりで昼食を準備していく。今まで以上にテキパキと動く姿に戸惑いながらも、特段気にすることはなかった。
「今日はこれからどうするニャー? まだほうきで進むの、それとも今日はここでゆっくりするの」
私たちはそんなことをまるで考えてはいなかった。私は慌ててマップを展開させ、周囲の情報を仕入れるかのように、マップに釘付けになっていく。
マップを拡大してみたり、逆に縮小させてみたりとさまざまな動きを見比べていく。だが、そこに載っているのは、ただのダイナールのみであり、特段情報なんて一つも載っていなかった。
ここ数日、もしくは数週間は村も見えてこないだろうという私は悟った。そんな情報を見たナズナは、少しばかり暗い顔をする。
どうするべきか一人で難しい顔をしながら悩んでいる。その姿は、私とフェクトを笑わせるにはとてつもないほどに効果があった。
「どうしてそんなに笑っているニャー! わたしは真剣にこれからの予定を考えているのに」
「ごめん、でもそんなにも真剣な表情をして考えごとをしているから、ちょっとばかし笑えちゃってさ」
「俺も同じく。そう難しく考える必要なんてないよ。それにこのことは、俺たち三人で決めていけば良いことだ」
フェクトの言葉を聞いてナズナは少しばかり気配が落ち着いたのがわかる。
それにしてもこの地図に載っている情報がほんとうなら、私たちはどこかにつくまで相当暇な時間を費やすことになるだろう。
それでも進んでいくのは決まっていることであり、私は再度マップを見た。
「ここに長く滞在するよりも、進んだ方が得策かも。だから、ご飯を食べたらまた進むわよ」
そうして、私たちは早急に昼食を済ませ、ほうきに乗って旅を再開させる。心地よい暖かさが眠気を呼び起こそうとしてくるのを必死に耐えながら進んでいく。
それでもやはり、まぶたはだんだんと重たくなってきており、意識が朦朧としていくのをうっすらと感じつつあった。
そんな時だった。
「二人とも奥の森から煙が見えるニャー! おそらく魔物の集落で違いないニャー」
耳元で叫ばれたのが功を奏したのか、私の眠気はどこかへ旅立ってしまい、すっかり目が開いている。それに先ほどまで意識が朦朧としていたのが嘘みたいだった。
フェクトと顔を見合わせ、ほうきの速度を一気に上げていく。風を切り裂きながら進んでいき、私の目でも見えてくる。
確かにナズナの言う通り、煙が上がっており、何かしら暮らしているのは間違いなかった。
「魔物の気配ってする?」
「いや、感じねぇ。でも、マップを見る限り誰かが暮らしているってわけでもなさそうなはずなんだけどな」
フェクトはマップを展開させ、煙が上がっているところをマップに表示させてみるが、やはりそこには何も確認されていない。
その上、魔物の気配すら感じず、不気味としか言えないほどに、流れがどんよりと悪くなっていくのを感じる。
痺れを切らしたのか、ナズナは背中を触り「どうしたの、行ってみないの?」と、催促をしてくるようになった。
フェクトはそんなナズナを見て「ちょっとナズナは黙っといてくれ、今どうするか二人で決めてるから、何か決まったら必ず言うから」とだけ言ってまたマップの方に目線を戻した。
ナズナの気配は、怒りに支配されそうになっている。
そんな時だった。
一瞬、気配感知が反応し、私もフェクトもすかさず視線をそちらに向けた。
「アリアもやっぱり気が付いていたか、あの気配一体なんだと思う?」
「今のは人間で間違いない、それもだいぶ強い連中の可能性が大いにある」
私の頭によぎったのは、ダークウィッチーズである。だが、それはとてつもないほどに可能性としては低いだろう。
なぜなら、彼を最後に感じた気配の場所は私たちがいた場所と真反対に位置する場所であり、転移で逃げてきたとしても、ここを選ぶのは考えづらい。
それに何より、彼がほんとうにここにいるのであれば、あんな煙を炊かないだろう。
「少なくともダークウィッチーズの可能性は低いと思って良いと思う、別の何かがいると思って動いた方が安全だと私は考えるんだけど」
「それにはわたしも同意見ニャー、それにまださっき感じた気配は逃げていないようだし、ここはわたしが一気に先行して状況を窺う」
「確かにナズナの機動力なら可能だろうな、ここはナズナに任せてみても良いと思う。俺たちはサポートに徹しつつ、臨機応変に対応しよう」
そうしてナズナは気配を消して、上空から飛び降り木々に華麗な着地を決め、音すら立てずに進んでいく。
「あの速さで移動しててもまるで気配がない。あそこまで気配を消されたら、並大抵の連中は気が付くことは不可能だろうな」
「そうだね、私たちは飛び降りたところを見ているし、ナズナの気配を感じることは出来るけど、あれがもし敵の立場にいたら戦いたくはないかな」
「同感だ、俺もナズナが仲間の立場でほんとうに良かったと思ってるよ」
だが、私は思うことがある。
それは、ナズナは私たちと行動しているからここまでの強さを手に入れられたのではないかと。ナズナは初めて会った時から強い存在だったのは確かである。
だが、その当時はまだ覚醒化も出来ず、普通の獣人族よりは遥かに強いという感じで、まだまだ強くなれる余地があった。
それが私たちとの旅を重ねていき、ナズナは格段に成長をしている。それでもまだ、底が見えないナズナの強さに私は心から笑顔になれるだろう。




