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彼女が彼女になる朝

「おはよ」


 ベッドに横になってしまった俺に対して、さっきのイタズラな笑顔から一転して優しい笑みを浮かべて何事もなかったかのように朝の挨拶をかけてくる。

 その姿はモコモコと暖かそうな素材のルームウェアを着ていて暖かそうだ。


「あぁ、おはよう。いくつか言いたい事はあるけど、いきなり引き込もうとしてくるのはやめろ。危ないから」

「そこに握るのにちょうどいい手があったからつい」


 海翔の返答に今日何回目かわからなくなったため息を吐く。足りなくなった分の息を吸い込もうとして少しだけ柑橘系のような爽やかな甘い匂いがする事に気付く。

 ……部屋に入った時は化粧品とかの匂いだと思っていたけど、まさか、これは海翔の匂いなのだろうか。そんな考えが頭をよぎり、考えがいけない方向に向かいそうになったの修正するように海翔に話しかける。


「今日はどうした? 体調でも悪いのか?」

「いやぁ、急に寒くなったからか布団が離れたくないってわがまま言ってさ」

「何アホな事を言ってんだ」


 悪びれた様子で、でへへとよく分からない声をあげて誤魔化そうとしている。そんな仕草でもかわいいと思ってしまうから顔面がいいのが少し羨ましくなってくる。


「アホな事じゃないよ。だって、陸の手すっごい冷たいもん」

「へ?」


 握られっぱなしだった自分の左手の事を思い出す。冷えた俺の手に毛布にくるまれていた海翔の小さな手から温もりが流れてきてるようで、段々と温かくなってきた。

 ていうか海翔の手、柔らかっ……! しかもすべすべしてて触ってて気持ちいい……!


「そんな撫でるように触られるとちょっと恥ずかしいんだけど」


 無意識のうちに手を動かしていたらしい。海翔の言葉で我に返った俺は急いで手を離す。


「ご、ごめん」

「ははは、ボクは寛大だからね。言うことを聞いてくれたら許そうじゃあないか」


 ベッドに横になった状態でそんな事を言われても全く威厳は感じないけどな。


「無茶なお願いじゃなければ」

「簡単だよ」


 そう言った海翔は俺に寄ってきて、俺と海翔が頭まで覆われるようにふわっと毛布をかけてきた。

 そして、近付いた分だけ声を小さくしてお願いを口にした。


「……一緒に最初の授業サボろ?」


 外見はかなりの美少女で、好きな人と同じベッドに寝ているのだ。そういう可能性をちょっとでも考えてしまったのは男子高校生として許してほしいところだ……相手の中身は俺と同じ男子高校生のはずなのだが。

 そんな煩悩を振り払って目の前の()()を咎める。


「サボりは良くないだろ」

「真面目だなぁ、陸は」


 というか、顔が近い。海翔が喋る度に空気が動くのを感じるし、ささやくように喋っているのもなんだかゾクゾクする。それに部屋に入った時から感じていた柑橘系のような匂いが毛布の中に入ってから更に強く感じる。性別が違うとはいえ、これが同じ人類からする匂いなのだろうか。これは男子高校生には刺激が強い。


「親にお金出してもらってんだから当然だと思うけど」

「でも、今日の一時間目は体育だよ? まだ身体が寒さに慣れてないのにこんな寒い中で運動するのは体に良くないよ?」


 ……魅力的な提案に思えた。確かにこんな日にあまり運動したくない。我ながらひどい手のひら返しである。

 ただ、海翔にはご立派な事を言った手前、すぐに同意したくない。


「ふふふ、男の子ってめんどくさいねえ」

「うっせ。というかお前もそうだったろ」


 全部分かってますよ、と言わんばかりにたれ気味なその目でこちらをじっと見つめてくる海翔。毛布の隙間から入ってくる光が目に反射してキラキラ輝いていてきれいに見えた。


「ほら、ボクの中あったかいでしょ?」

「変な表現を使うな」

「変って何が? よく分からないからちゃんと説明してほしいなぁ」


 くすくすと柔らかい笑顔を浮かべる海翔。これ絶対分かっててやってるな。


「今のいるのは海翔の中じゃなくて、海翔の毛布の中だろ? そもそも、人の中に入れる訳がない」

(はい)れなくても()れる事は出来るよ?」

「なっ……!」


 その発言につられてしまい思わず視線を下の方にやると、太すぎず細すぎず、柔らかそうで健康的な透明感のある白いふとももが大きく露出しているのが見えた。一瞬穿いてないのかと思ったが、上とお揃いのデザインでモコモコのショートパンツを穿いているようだ。


 どうやら俺がどこを見ていたのか気付いたらしい海翔が上に着ているモコモコを下に伸ばしてふとももを隠そうとした。でも脚全体を当然隠す事は出来ていない。


「……今えっちな事考えてたでしょ」


 図星だけど、当然肯定する訳にはいかない。


「そんな脚出してて寒くないのかね、って思ってただけだよ」

「ふーん……まぁそういう事にしておいてあげよう」

「あげよう、じゃなくてそうなんだよ」

「素直じゃないねぇ」


 ニヤニヤと意地の悪い笑顔で見つめてくる。今日の海翔を見ていると笑顔にもたくさん種類があるんだなぁと気付かされる。


「世の中の男子高校生が素直になったら大変な事になるぞ」

「今はボクと陸しかいないんだから大丈夫だよ」

「いや、それでもダメだろ」

「そっか、残念」

「何が残念なんだよ」

「陸の弱みが握れると思ったのに」


 それを言うなら、海翔のベッドで一緒に寝ている今の状況も結構危ないと思うのだが、海翔は気付いていないようだ。

 なんて考えていたら左手が柔らかい感触に包まれる。


「うん、暖まったね」


 海翔が手を繋いできていた。しかもいわゆる恋人繋ぎというやつである。


「お、おい海翔……?」


 海翔の急な行動に理解が追い付かず、名前を呼ぶ事しか出来なかった。


「ねえ、陸はいつになったらボクの名前を呼んでくれるの?」

「いや、呼んでるじゃん」

「ちがくて。ボク、もう海翔じゃなくて海なんだけど、陸はいつまでもどこまでも海翔海翔って」

「それはその……」


 女子になってからもずっと海翔と呼び続けていたから、今さら海と呼ぶのが気恥ずかしい、なんて言いにくい。

 そりゃあ、最初は親友が女子になったなんて受け入れられなかったが、今や好きになった相手なのだ。名前で呼びたくない訳ない。


「か……お前はいいのか? 呼び方変えたらクラスのやつらにある事ない事言われるぞ?」


 海翔と呼びかけて、今はそう呼ばない方がいいと思って途中で変えた。

 今まで男の時の名前で呼んでいたのに、急に女子()の名前で呼んだら周りになんて言われるか。ただでさえ男子から女子になって注目を集めていたのがようやく落ち着いてきたのに、また視線が集まってしまうかもしれない。


「言わせたい人には言わせておけばいいんじゃない? それか、言われるであろう内容を事実にしちゃうとか」

「それって……そういう事?」

「さぁ? でも、陸とボクの考えている事が同じならそういう事だよ。でも、はっきりと言葉に出してほしいかな」

「……わかった」


 まさか海翔も俺と同じように考えていたのか。ずっとうじうじしていた俺とは違って勇気を出した伝えてきた海翔はすごい。

 さて、海翔にここまで言わせてしまったのだ。今度は俺がちゃんと伝えなくちゃな。

 決意を決めた俺はベッドから起き上がると海翔も倣って起き上がった。


「海翔……いや、海」

「……うん」


 海の目を見つめる。

 そのキラキラとした綺麗な瞳は俺のことを見据えていた。


「俺は海の事が女の子として好きだ」


 言えた。女の子側からアシストされてではあるけど、告白することができた。

 ……情けないって言うな。


「でも、ボクは元々は男だったんだけど、それでも陸は良いの?」

「馬鹿だな。俺は今の海が好きなんだ。海が海翔であった事も含めてな」

「そっか。それって、ボクが海翔の時からそうだったの?」

「さすがに海翔の時はそう思ってねえよ……気が合うしずっと仲良くしたいとは考えてたけど」


 この発言には海も驚いたようだ。


「陸って、さばさばしてるように見えて意外と重いんだね」

「そう言われると思ってたから今まで口にしてなかっただろ」

「それはそうだね。でも、そう思ってくれてたのは嬉しいかな。ボクも同じだから」


 その言葉の意味を聞こうと口を開こうとした時だった。

 唇が海の人差し指で押さえられて遮られる。


「ボク……わたしも陸の事が好きです」


 そして、人差し指と入れ換えるように唇を近付けてきて――俺と海の唇がかすかに重なった。


 突然の出来事と海の唇の柔らかさに呆気に取られている間に唇がゆっくりと離された。


「本当はね、女の子になった時に転校した方がいいって勧められたんだ。ほら、こういうのってあまりよく思われないし、酷いといじめになったりするからって」

「……」


 返す言葉がなかった。

 人と違うところがあると確かに排斥されやすい。そういう意味では誰も何も知らない遠くに行ってしまうのは間違いではないと思う。


「でもね、やっぱり陸と一緒の学校がいいなって思って。クラスの人にどう思われるかは不安だったけど、陸だけは受け入れてくれるって自信あったから。大丈夫だって」


 そういう意味じゃわたしだって陸のこと何も言えないよね、と続ける海。さっき俺がずっと仲良くしたいって思っていたことについて言ってるのだろう。


「俺はそんなご大層な人間じゃないんだけどな。まぁ、そこまで信頼されてたとは光栄だわ」

「実際受け入れてくれたじゃん。今まで通りに接してくれるって。それだけでどれだけボクが救われたと思う?」

「……性別が変わっても仲良くしてたかったからな」


 まるで俺が聖人か何かのように称えることに、ばつが悪くなった俺に対して優しい笑顔を向ける海。両想いだとわかってすぐなのに、この笑顔を他の人に向けてほしくないと思ってしまい、やっぱり俺は"重い"のかもしれない。


「うん、わたしもずっと同じ気持ちだったよ。だから、ね? ……これからもよろしくね?」


 首を軽く横に倒す海はとてもかわいらしいかった。いつかも同じような仕草をしてたっけな。

 そんなことを考えながら、俺は返事の代わりにキスでお返しをする。海も一瞬驚いた様だけど、受け入れてくれた。嬉しかった。



 ――味なんかしないはずなのに、そのキスはとんでもなく甘かった。

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