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羞恥の元の来訪1

 この女、エリージェ・ソードルは大貴族である。


 貴族の中の、貴族と言っても良い。


 故にと言うべきかこの女、貴族の中でも上位の者の事しか記憶に残さない。

 凡庸な頭をしているという事も、ある。

 だが何より、この女、そんな”取るに足りない”人間のことを覚える気が無いのだ。

 勿論、例外もいる。

 飛び抜けて優秀だったり、性格的に好ましかったり、もしくはソードル家、ルマ家、リーヴスリー家などの身内や後ろ盾となった家の人間だ。


 だが、それ以外は正直、全く眼中に無い。


 そして、なによりもこの女は、何度も自己紹介を受ける――それが許される身分にあった。


 エリージェ・ソードルは厳しい口調を緩めずに言う。


「殿下、そのラーム家の(なにがし)が優秀であれば問題は有りません。

 ただ、殿下のお立場を考えたら、相応の家格のものが、少なくとも一人はいなくてはなりません。

 最近、レーヴ子息をお見かけしませんが、いかがなさいましたか?

 ペルリンガーだって、家名”だけ”はそれなりに使えると思いますが、殿下のお側を離れて、どこにいったのです?」


 この女の言は、一見すると家格に固執しているように見える。

 だが、この女の危惧は正しい。


 いつの時代も後継者争いは苛烈を極めるものだ。

 無論、いくら王族とはいえ許可が出ないだろう出兵等、直接的な武力を使用することは稀である。

 主に相手の足を引っ張るなど、”平和”的な手段で王座を伺うのである。

 その時、狙うのは王族である政敵ではない。

 その配下や取り巻きになる。


 特に、従者は狙われやすい。


 普段から共にいて、精神的繋がりが強い従者は、それが故に潰せば政敵が受ける衝撃は計り知れない。

 まして、中堅貴族の子息など”身分の低い”者達であれば、それこそ、”合法的”に嫌がらせをすることが出来る。

 なので、王子の従者には、自身らの身を家名で守ることが出来る者――有り体に言えば、大貴族や少なくとも上位伯爵(貴族)の親族が担うことになった。


 第一王子ルードリッヒ・ハイセルにも、マリオ・レーヴやユルゲン・ペルリンガーなどが就いていたのだが……。


 二人の”家”からは辞任の旨が届き、かといって他の家からも色よい返答は来ていなかった。

 マルガレータ王妃の実家であるルマ侯爵家にも打診したのだが、第一王子にしても第二王子にしても、孫に当たることからどちらかに肩入れは出来ぬと断られた。


 これが、エリージェ・ソードルとの婚約が通常のままであれば、そのような断れ方をしなかっただろう。


 そもそも、この女が婚約破棄を言い出さなければ、従者が二人も辞めることはなかっただろう。

 だが、事の元凶たるエリージェ・ソードルは「身分が高い従者はそういう所があるから問題ですわね!」と苛立つのだった。


 そんな女に対して、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは困ったように眉を寄せる。


「あ、いや、マリオはレーヴ侯爵領の問題を解決するために呼び出されていてね。

 ユルゲンはまだ病気なんだ……」

 前記の通り、上がった二人の子息はとっくに従者を辞職している。

 ユルゲン・ペルリンガーなどは、第二王子クリスティアン・ハイセルの従者にしれっと付いている。

 そんな哀れな自分を知られたくなくて、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは口を濁したのだ。


 そんなことを全く知らないエリージェ・ソードルも、少し、眉を寄せた。


「レーヴ侯爵も御自分の頭が”残念”なのをよく理解されているのは結構ですが、それで殿下に不便をおかけするなんて、とんでもない話ですわ」

 とはいえ、流石のこの女も同じ大貴族であるレーヴ侯爵家には無理が出来ないと思ったのか、「今度見かけたら、あの無駄な口髭を引っこ抜いてやりましょうか?」とだけ言った。

 レーヴ侯爵の自身の象徴と言わんばかりに整えている口ひげが、無残にも引っこ抜かれる絵が脳裏に浮かび、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは思わず吹き出してしまったが、それでも「ふふ、いや、止めてあげて!」となんとか言った。

「まあ、ペルリンガーは今度叩いておくとして……。

 それにしても、困ったものですね。

 我が家から出せれば、それに越したことはありませんが、情けないことにマヌエルしかおりませんので……」

「いや、ありがとう。

 その辺りは何とかするから大丈夫!」

「そうですか?

 もし何かございましたら、おっしゃってくださいね」

 などと、気遣わしげに話していると、「ご歓談中、失礼します」と女騎士ジェシー・レーマーが入ってきた。

 そして、女の耳に顔を近づけて囁く。


「前公爵が乗り込んできたようです」

「あらそう」


 エリージェ・ソードルは表情を変えずに愛猫を侍女ミーナ・ウォールに渡した。

 そして、第一王子ルードリッヒ・ハイセルを向く。

「殿下、少々問題が発生したようなので、席を外したいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「え?

 うん、それは構わないけど……」

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは恐る恐る訊ねる。

「エリー、もの凄く怒っている?」

 それに対して、エリージェ・ソードルが――この表情を余り変えぬ女が――ニッコリと笑った。

「怒ってません」

「え、あ、はい……」

 顔を引きつらせる第一王子ルードリッヒ・ハイセルをそのままに、エリージェ・ソードルは立ち上がると「失礼します」と一礼して、その場を辞した。



――


 騎士リョウ・モリタの先導の元、大階段を下り始めるエリージェ・ソードルは耳障りなわめき声を聞きつけ、眉根を寄せた。

 そのまま下りていくと、その視界に入った”者”のために、今度は困惑の為に眉をひそめることとなった。

「何あれ?」

と漏らす女に対して、隣を歩く女騎士ジェシー・レーマーは何とも困ったような細目で「う~ん……なんと言いますか……」と言うのみだった。


 玄関口で、使用人らを前に喚き散らしているのは全身鎧を着た男のようだった。


 右手には長槍を持ち、左手を無為にガチャガチャ鳴らしながら何やら言っていた。


 端から見ると、ひょっとしたら愉快な絵なのかも知れなかった。

 ただ、恐らく”それ”が前公爵、詰まる所、自身の父親と推測されるわけで、残念ながらこの女の気持ちは楽しくなるどころか、苛立ちと少なくない羞恥が右手に持つ扇子をミシミシの鳴らしていた。


 そんな、即座に殴り倒したい父親()の前に、駆け寄る者の姿が見えた。


 マヌエルの教育係ジン・モリタだ。


 さらに間の悪いことに、その後ろには弟マヌエル・ソードルと二人の従者らもいた。

「若様――いえ、ルーベ様!

 これは何の騒ぎですか!?」

 教育係ジン・モリタが訊ねると、父ルーベ・ソードルは「黙れ黙ぁ~れ!」と何やら芝居がかった口調で言う。

「わたしはなぁ~反逆の輩をばぁ~に、仕置きを~しに来たのだぁ~」

 側にいる二人の護衛騎士が一瞬「ぐふぁ!」と漏らしながら顔を女から見えないように外す。

 吹き出したのだろう、元々公爵家に無関係だった二人にしてみれば、変な節を付けた話し方は面白いのかも知れない。


 だが、娘のエリージェ・ソードルも、代々ソードル家に仕え続けてきた武門の家の次期家長、騎士リョウ・モリタも全く笑えない。


 特に、エリージェ・ソードルは恥ずかしかった。


 この普段、人の視線を全く意に介しないこの女が、これが父親かと心の底から恥じた。

 それでも、怒気の籠もった”無表情”で、直ぐに飛びかかって、黙らせたい衝動を必死に押さえていると、教育係ジン・モリタが訊ねる。

「反逆?

 反逆とは一体何のことをおっしゃっているのですか!?

 いえ、とにかくそのような格好など解き、真摯な姿勢で――」

 焦燥を隠しきれていない教育係ジン・モリタが必死に言葉を紡ぐも、「黙れ、黙ぁ~れ!」とその胸を押した。

 エリージェ・ソードルは一瞬、”前回”の光景が脳裏をよぎり、ひんやりとしたものが体中を駆け抜けた。

 だが、静養期間が功を奏したのか、教育係ジン・モリタは軽く一歩後ろに下がるだけに終わった。

「リョウ、早く進みなさい!」

 エリージェ・ソードルが前を行く騎士リョウ・モリタを急かすと、護衛騎士は「はっ!」という声と共に、少し早足になった。


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