理解出来ない懇願
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「うわぁ~!
すっご~い!」
「本当ね!
綺麗だわ!」
公爵邸の別邸に運び出す前の寝台が置かれた部屋に、口を大きく開いて驚くクリスティーナと、目を大きく見開き感動するルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢がいる。
それを、どことなく満足げに見る女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ブルクに戻って二日目の朝、クリスティーナから例の寝台が見たいとおねだりをされて、だったらと言う事でルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢とレネ・マガド男爵、カタリナ・マガド令嬢も連れて見せに来た所だ。
「まるで、美術品みたいな寝台ですね」
とカタリナ・マガド令嬢がおっかなびっくり近づき眺める隣で、レネ・マガド男爵が感心したように何度も頷く。
「これを平民達が贈り物として用意していたとは……。
お嬢様の人気の凄まじさを感じます」
それに、エリージェ・ソードルはどことなく胸を張りながら言う。
「しかも、特に利を与えた訳じゃない職人達が準備していたみたいなの。
表面上に現れていなくても案外、平民も領主が頑張っているって事ぐらい分かるものなのよ。
レネ、あなたのだって同じよ」
「ハハハッ!
そうであれば良いですが」
「絶対そうよ――って、クリス!
触っちゃ駄目よ!
見るだけにしなさい!」
クリスティーナが寝台の上に上半身を傾けながら天蓋の覗き込もうとしているので、エリージェ・ソードルは慌てて止めに入る。
クリスティーナは体を起こしながら、天蓋の裏を指しながら言う。
「エリ~ちゃん、なんか絵が描いてある!」
「そうよ、光の神様と闇の女神様が描かれてるのよ」
「へぇ~見たいなぁ」
「両陛下が使用される前は駄目よ。
そうね、冬が始まる前ぐらいに、カープルへ遊びに行きましょう。
その時なら、この寝台も使えるから」
「え!?
カープルって美味しい果物がある場所!
やったぁ!」
などと、クリスティーナが大喜びする。
エリージェ・ソードルが視線をルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に向けながら、「あなたも来る?」と訊ねると、普段は大人びている令嬢が少し恥ずかしそうにしながらも「行きたい」と微笑んだ。
エリージェ・ソードルが視線をレネ・マガド男爵に向けて、「あなた達はどう?」と訊ねると、新参の男爵は丁寧にお辞儀をしながら、
「マガド領が落ち着いてから、改めてお誘い頂けると幸いです」
と答えた。
その隣では、何やら顔を真っ赤にさせたカタリナ・マガド令嬢が、それに倣って頭を下げた。
扉を叩く音が聞こえて来る。
視線を向けると侍女ミーナ・ウォールが応対をしていて、聞き終えたのか女の方に振り向くと歩いてくる。
「お嬢様、トーン商会の会長が到着したとの事です」
「そう、分かったわ」
エリージェ・ソードルは皆に軽く挨拶をすると、その部屋から出た。
――
エリージェ・ソードルが応接間に入ると、入口から少し奥の辺りに、商人らしき男が両膝を突き、首を垂れていた。
エリージェ・ソードルはさっさと中に入ると、その横を通り過ぎ、長椅子に座る。
そして、商人が膝を付いたままこちら側に向き直るのを眺めながら、エリージェ・ソードルは言う。
「わたくしがソードル公爵代行よ。
名乗りなさい」
「ハッ!
恐れながら名乗らせて頂きます。
ブルクにて公爵代行閣下の慈悲により、細々と商いをさせて頂いております。
トーン商会長、ダヴィド・トーンと申します」
エリージェ・ソードルは冷めた口調で言った。
「それで?
そのトーン商会がわたくしにどの様な用なのかしら?」
「ハッ!
ご不快に感じられるかもしれませんが、愚かな息子の行いについて、謝罪をさせて頂けませんでしょうか」
「いいでしょう」
とエリージェ・ソードルは面倒そうに閉じた扇子で肩を叩いた。
この女にとって、平民の謝罪など興味の外であった。
もちろん、形式や対外などで受けなければならない事ぐらいは分かっているので、黙って聞いてはいるが、どんなに真摯に謝罪されても、この女の心に届く事は無い。
許さないなら、謝罪の前に処刑するし、除外しないならこの女は既に許す事を決めている。
今回の場合、大商人ミシェル・デシャの娘の事と、女の”個人的”理由から処罰対象を関係者個人のみとしていたので、除外しない事と決めている。
決めたからには、相手に対して興味もない。
エリージェ・ソードルはそういう女である。
ひとしきり聞き終えた女は、少し面倒そうに訊ねる。
「あなたの謝罪、確かに受け取ったわ。
安心なさい。
今回の事で咎が当人以外に向けられる事はないわ」
そこまで言うと、エリージェ・ソードルは立ち上がる。
それに対して、頭を伏せたままのダヴィド・トーン商会長が、少し声を大きくしながら言う。
「恐れながら、恐れながらお願いしたき儀がございます」
エリージェ・ソードルは無視して進もうとも思ったが、従者ザンドラ・フクリュウが言っていた件もあり、一つ溜息を吐いて、立ったまま訊ねた。
「聞くだけ聞いてあげましょう」
「ありがとうございます!
愚息ヨルクの処罰の件です。
あれほどの大罪、恐らくは斬首、または魔石鉱山行きだと思います」
「まあそうね」
「出来れば、魔石鉱山に送って頂けませんでしょうか!?」
「……」
エリージェ・ソードルは一瞬、眉を寄せて沈黙する。
そして、言う。
「あなたは知らないのかもしれないから言っておくけど、魔石鉱山行きはほぼ、死罪と同じなのよ」
前記にも述べた通り、魔石鉱山行きという刑罰は非常に危険な場所に送り込まれる事となる。
大半の受刑者は三ヶ月以内に死亡する。
落石や地下に溜まる毒霧、地中を潜る魔獣や粉塵による病、過労や看守による暴力によって苦しみながら死んでいく。
扱いはカナリアと同等以上にぞんざいで、むしろ、一年も生き残れば『まだ生きているのか?』と眉を寄せられる。
さらに、刑期は一律で二十年と決められていた。
ほとんどの場合、無意味な年数設定だったが、驚くべき事に生き残る者も存在していた。
生存確率は一厘――環境下を考えると驚愕に値するほど”高い”。
とはいえ、英雄的とも言っていい彼らであったが、やはり精神的、肉体的磨耗からは逃れられず、解放されても、全員、重い後遺症に苦しみながら二年以内に死んでいる。
そのようなこともあり、魔石鉱山行きは死罪より重い罰とされている。
余りに過酷なので、内情を知っている者は死罪にして欲しいと泣きわめき、面会者に毒物を差し入れるように懇願するほどであった。
だから、実の息子を魔石鉱山に送って欲しいというダヴィド・トーン商会長の正気を疑ったのである。
だが、ダヴィド・トーン商会長は言う。
「はい、存じております。
通常の斬首よりも重い罰であることも、聞き及んでおります」
「それでもなお、そうさせたい理由は?」
「息子が望んでいるからです」
「はぁ?」
この女をして、少しポカンとした顔になる。
ダヴィド・トーン商会長は続ける。
「面会をした息子が言うには、『自分なら生き延びられる。生き延びなければならない理由がある』と申しておりまして。
魔石鉱山に送られる意味を何度も言って聞かせたのですが、『いいから何とかしてくれ』と」
「……あなたの息子、頭がおかしいの?」
とエリージェ・ソードルが顔をしかめながら訊ねると、ダヴィド・トーン商会長の両手が強く握られる。
涙が頬から顎に伝い、床を濡らした。
「あの子の母親は準男爵の娘で、平民を下に見る所がございました。
あの子もそれに似たのか、昔から使用人や従業員に対して横柄な態度をとっておりました。
わたしはあの子の将来を思い、そういう態度をした時には厳しく叱り、時には手を上げておりました。
ただ、厳しくし過ぎたのも良くなかったのか、あの子の体が大きくなり、わたしを叩きのめせるようになってから、あの子はタガが外れてしまったように自分勝手な思考のみで行動するようになりました。
今回のことも……恥ずかしながら、自分がどれほど大それた事をしたのか、理解していないように思えます。
このままでしたら、理解しないまま死ぬことになるでしょう。
公爵代行様、あの子を魔石鉱山に送り、自分がした行動の結末を理解させる時間を与えてやってください!
お願いします!」
エリージェ・ソードルはしばらくダヴィド・トーン商会長を目を細めて見下ろしていたが、椅子の上に静かに腰を下ろす。
因みにこの女、ヨルク・トーンの事ももちろん、ダヴィド・トーン商会長の言っている意味もよく分かっていない。
どうせ死ぬのに苦しみながら死にたいと言い出したヨルク・トーンの事も、頭がおかしい息子に対して苦しみ抜いて死ぬ事を願うダヴィド・トーン商会長の事も理解できない。
理解できないし、所詮平民のことなど理解するつもりもない。
にもかかわらず、この女が座り直したのは、ダヴィド・トーン商会長の願いを叶えてやれる――その一点だけだ。
元々、死刑でも魔石鉱山行きでもどちらでも構わなかった。
祖父マテウス・ルマがさっさと死なせてやれと言うからそうする――その程度の理由でしか無かった。
それを、魔石鉱山行きに変える。
苦でもなかった。
だが、たかだか平民が、公爵代行に刑罰を変更させる。
これは、とてつもないことである。
とてつもなく恐れ多い事であり、当然、その対価は大きなものとなる。
つまり、そこだ。
明け透けに言えば、この女は、謝礼に期待している。
かなり期待する。
脳裏に、様々な見積もりが過ぎる。
水害対策費、飢饉対策費、軍事増強費……。
水道管老朽化問題、五番地の橋老朽化問題、三番地の孤児院老朽問題……。
(金貨千枚!
いやいや、流石に欲張り過ぎかしら。
せいぜいが五十枚? 二百枚?
ああ、せめて金貨五百枚の臨時収入があれば、水道管に着手出来るのに……)
むろん、この女は表情に出さない。
幾分、冷めた表情のまま、「まあ、とりあえず座りなさい」と今更ながらダヴィド・トーン商会長に席を勧めたりもする。
ダヴィド・トーン商会長は辞退しようとしたが、女に「いいから座りなさい!」とキツく言われて、中腰になると、恐る恐る椅子に腰を下ろした。




