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8.魔力の覚醒

「ぐ、はあ……、はあ……」


 ……死ぬのか? こんなところで……。

 またこいつらにやられて。

 死ぬかもしれないことは分かった上で立ち向かった。

 それでも、いざ死ぬかもしれない状況に立たされてみると――


「死に……たく、ねえなぁ……」


 ――誰しもが思う、変哲の無い答えを、蒼く突き抜けた空を見上げながら放った。

 だがそれは、一つの真理だった。

 死にたくない、そう、死にたくないのだ。


 この地に転生してきて、俺は一度死にかけた。いや、地球での思い出も全て失っていた俺は、人としては既に死人だったのかもしれない。

 そんな俺を助けてくれたのはジークだった。ジークの剣と彼の想いは、俺を生き返らせてくれた。

 彼のようになりたいと思った。

 彼の生き様を、いつか自身で写し取れるような存在になれたらと夢見て、この数か月を生きてきた。

 彼とその家族と過ごした日々は、確かに短いものだったかもしれない。

 それでも――、伽藍洞だった心はいつしか、暖かな思い出と共に満たされていた。


 彼はこの状況でも、きっと諦めない。

 手が届くなら、伸ばさないなんて道理はない。

 ならば俺も、彼のようになりたい俺も、今ここで諦めるわけにはいかないだろう。


「ぐ、おおおおおぉおぉぉぉおお!」


 正真正銘、必死で全身の筋肉に力を入れ、起き上がる。

 傷が痛むのは変わらない。

 だが意識の切り替えと共に、痛みが薄れていくのを感じた。


「ゴブ?」


 まだ立ち上がるのか? とでも言いたげなゴブリンの様子に、俺は思わず乾いた笑いが口から洩れた。

 ああ、そうさ。死ぬまで立ち上がってやるとも。

 刺し違えてでも、貴様らを殺してやる……っ!

 その時――


「っ!?」


 ドクンッ、と心臓の鼓動と共に熱い何かが全身を巡るのを感じた。

 熱い何かは全身からあふれ出し、赤いオーラとなって俺の体を包み込む。


「「ゴブ」」


 ゴブリンは、危険を察知したのか、即座に俺へ向けて駆け出した。

 俺は木剣を再び握りしめ、奴らを迎え討とうと構える。

 体が軽い。これなら――。


「ゴッ!」


 ゴブリンのうち一匹が、いつの間にか手に持っていた砂を俺の目めがけて投擲してきた。

 咄嗟に目を瞑ることで、目へのダメージを防いだが、視界がふさがれてしまう。

 それがどうした?

 目を瞑った瞬間、俺は赤く揺らめくオーラを周囲へ広げ、ゴブリンの動きを正確に把握する。

 同時に、俺の魔力に触れたゴブリン達が悲鳴を上げた。


「「ゴ、ゴブウウウゥウウゥゥ!?」」


 原因は分からないが、彼らの体には亀裂のような無数の傷ができていた。


 半狂乱になりながら、俺の両サイドから武器を振るおうとしているゴブリン達。

 右から迫るゴブリンへ向けて、俺は踏み込みからの斬り上げで顎を叩き割る。


「ゴ……ッ!?」


 その後、流れるように手首を捻り、左から来ていたゴブリンへ向けて、渾身の力で木剣を叩きつけた。

 ゴシャッ、と何かが潰れる感触が俺の手に返ってくるが、今の俺にそれを気にかける余裕はない。


「G……ッ!?」


 残った一匹は顎が砕かれたことで満足に声を出すこともできないのだろう。

 怯えたように、後ずさりを始める。

 俺は奴を追い詰めるように一歩一歩近づいていく。

 すると奴は突然後方へ振り返り、脱兎のごとく走り始めた。


「逃がすわけが――」


 俺はゴブリンに止めを刺すために追いかけようと右足を踏み込むが、踏ん張りがきかずにガクッとバランスを崩してしまう。


「あれ?」


 そのまま俺の体は倒れていく。

 このままじゃ腹にさらに深く剣が刺さる。

 冷静にそう考えた俺は、何とか体を横向きにして倒れることができた。

 倒れると同時に、木剣が粉々に砕け散ってしまった。そう易々と壊れるような物ではなかったはずなのに……。

 それにいつの間にか、俺の体を覆っていた赤いオーラは霧散していた。

 体が強化されても、肉体に限界があることには変わりない。

 俺は先ほどから、血を常時流したまま無理な動きをしていたのだから、仕方ないと言えば、仕方ないのだろう。

 ああ、くそ。せっかく生き残ったのになあ……。

 勝利の余韻を噛みしめ、名残惜しく思いながら意識は闇に落ちていった。



 大切な人がいた。

 とても、とても大切な人が。

 俺にとって彼女は、俺が俺であるために必要で、彼女なくして俺という存在は成立しないと、そう思えるほどの存在だった。

 そんな彼女が、俺の前でポロポロと雫をこぼし、光を反射してきらきらと輝くそれは、重力に逆らうことなく落ちていく。

 泣いてほしくはなかった。

 悲しい顔なんて、して欲しくなかった。

 不安な時、苦しい時、いつも彼女の笑顔に俺は救われていたように思う。

 だから、彼女には笑っていてほしかった。

 彼女は何で泣いていたのだろう?

 確か、移住する直前、そのまま体が消えてしまったらどうしよう。俺にもう会えなくなるかもしれない、そうなったらどうしよう、と言っていた。

 子供の俺には、その時、どうすれば彼女が泣き止むのかなんて想像することができなくて、それで、ただただ馬鹿げた口約束を口にした。


「また後で、必ず会えるから。そこで一緒に大人になって、結婚しよう。そうすれば、ずっと一緒にいられる。○○のことを悲しませることなんて絶対にしないから」


 俺の子供特有のいい加減な言葉を聞いて、彼女は泣き止む。

 そして、瞳を潤ませながら、俺が欲してやまない笑顔を見せてくれた。


 忘れないと思っていた。

 忘れたくはなかった。

 けれど俺はいとも簡単に、彼女との記憶すら取りこぼしてしまった。


読んでいただきありがとうございます

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