7.ゴブリンとの死闘
「確か、ここから入って行ったよな?」
森の中は俺にとって未知の領域だ。それはこの世界に来て数か月経った今でも変わらない。
がさりと茂みを掻き分け、ミアの姿を探す。
すると、遠くにひらひらとした服を着ている少女の姿が目に入る。先ほどは気にも留めなかったが、あれはどう考えても外で活動するのに向いていない。あのひらひらする裾が枝に引っかかってしまい、進むのが困難になるだろう。
だが、森での移動に手慣れているのか、すいすいと奥へと進んでいく少女に俺は焦りを隠せない。
速すぎるだろ……っ。
俺は必死になって速度を上げるが、僅かずつしか距離は縮まらない。
足場が悪すぎて木の根や地面を這うように生えている植物に足を取られ、思うように進むことができない。
ミアは何かを探しているのか時折周囲をキョロキョロと探っているようだ。
ここからミアに向けて大声で叫ぶことも考えたが、危険性を考慮してそうすることはできなかった。今ここで大きな物音を立てれば、周囲の魔物が寄ってくるかもしれない。しかも俺がミアを呼び止めたところで、俺を嫌っている彼女が俺の静止を聞くとは到底思えなかった。
少しずつ、距離を縮めるしかない。
20分ほどして、彼女は突然立ち止まる。
目的のものが見つかったのか、突然しゃがみこんだようで、こちらから様子を窺うことはできない。
「くそっ!」
俺は思わず悪態をつき、彼女が止まっているうちに距離を一気に詰めた。
近づいて、ミアが何を探していたのかが分かった。
彼女が座る地面には、透き通るような青色をした花が咲いていた。
その一輪一輪を大事そうに摘んでいる彼女は、とても幸せそうに笑っていた。
あの花は、シンシアさんが好きだと言っていたものだ。
母親に喜んでもらいたい、ただその一心でここまで摘みに来たのだろう。
俺はほっと息を付きつつ、嬉しそうな彼女の横顔へ向けて声をかける。
「ミア」
ばっとこちらを向き、一瞬驚いた顔をして即座に、その顔を嫌悪で染め上げた。
「なんであんたがここにいるの?」
「森の中に入って行く様子だったから、心配になって追いかけてきたんだ。一人じゃ危ないと思って」
「何それ……。 頼んでもいないのに勝手なことをしないで!」
彼女の言い分は正しい。
俺は彼女の意見など考えず、利己的な理由でここまでついてきてしまった。
それでも――、
「ごめん……」
――彼女のことが心配だったのだ。
傲慢にも、それだけは、信じてほしいと思ってしまった。
「でも、悪気があったわけじゃない。 それだけはし「ゴオオオブウウ!」」
「っ! こっちへ!」
俺は反射的にミアを抱き寄せた。
ザクッ!
ミアのいた位置にさび付いた鈍らが突き立てられる。
いくら鈍らとは言え、刃は刃。それを力の限り振るえば、幼子一人屠るくらい容易いだろう。
「ゴォ……」
外してしまったか、とでも言いたそうなゴブリンは、鈍らを地面から引き抜いてこちらの様子を窺っている。
「何でこんなところにゴブリンが……」
ミアは目に見えて狼狽していた。
ゴブリンが何でこんなところにいるのか。
そんなことは今どうだっていい。
彼女をかばいながらゴブリンを殺すような技量は、今の俺にはない。
ゴブリンは一匹だ。一対一なら勝てるか?
いや、恐らく勝てないだろう。
向こうは剣を持っているのに対し、こちらには木剣が一本。
そもそもさっきの鳴き声はなんだ?
仲間を呼んだのか?
それともただ知能がないから奇襲と言う考えが浮かばなかったか?
思考が焦りからあちらこちらに散らばっていることを感じる。
焦っていることが自分でもわかる。
そんな俺の思考を吹き飛ばし、簡略化してくれたのは、皮肉にも目の前の敵だった。
「ゴオォブブブブブブブ!」
まずい! 確実に仲間を呼ばれている!
このまま二人でいても死ぬだけだろう。
それなら、今俺がすべきことは……。
「……逃げろ」
「え?」
俺の言葉が聞こえなかったのか?
若干の苛立ちを覚えながら俺はミアに叫ぶ。
「早く逃げろ! 他の魔物が来ないうちに! 早く!」
俺の荒げた声に驚いたのだろうか。ミアはびくりと体を震わせる。
「あ、ああぁぁ……」
手の置き場を探るように宙を漂わせ、おろおろとしだすミア。
その行動の意味するところは恐怖かそれとも良心の呵責か。
そんなことは俺の知ったことではない。
「いいから行け!」
再三繰り返された俺の声に弾かれるように、ミアは来た道を引き返す。
来た道はその内広場や村へ続く道へと繋がっているはずだ。そこまで行けば安全な可能性が高い。恐らく、この場に留まり続けるよりは他の魔物との遭遇率も低いだろう。
「ゴオブ!」
同時に、ゴブリンがこちらへと飛び掛かってくる。
確かな殺意を含んだ剣が俺へと振り下ろされる。
ガンッ! と鈍い音が互いの武器から発せられる。
「ぐっ!」
俺はかろうじて木剣で防ぐことに成功する。鈍らとは言え、刃であることに変わりはない。木剣にはわずかにゴブリンの剣が食い込んでいた。
もしも相手の振るう武器が鈍らじゃなかったら、俺の頭蓋はいとも簡単に両断されていただろう。
……そう考えただけで、俺は背筋が凍るような感覚に陥った。
「ゴブブブブブブ……っ!」
「ぐ、ううううぅぅぅ……っ!」
剣を交差させたまま、両者、鍔迫り合いのような形になる。
ゴブリンの背丈はあまり俺と変わらない。恐らく、筋力的にもそう大きな違いはないだろう。
だが、こいつには遠慮がない。
相手を殺す。
そのことに対して忌避感を抱いていないだろうということは、今の一合ではっきりと理解できた。
対して俺はどうだ?
血の通う生物、しかも人型の生物なんて殺したことのない俺が目の前のこいつを殺せるのか?
「ああ、考えても分からないな……。分からない……が!」
俺は渾身の力でゴブリンを弾き飛ばす。
「ただで殺されてやる道理はないよな……っ」
せっかく救われた命を、俺はここで散らすことになるのかもしれない。
だが何もせずに殺されてしまえば、俺を助けた彼の行為が、何の意味もないことになってしまう。
それは、それだけは駄目だ。
たとえここで無残に死ぬとしても、今俺は目の前の敵に立ち向かわなくてはならない。
助かった意味はあったのだと、彼が俺を助けた意味はあったのだと証明することが、今の俺にできる唯一の恩返しなのだから。
俺はすっと木剣を上段に構える。
「ゴブ!」
胴ががら空きとなった俺に対して、好機と思ったのかゴブリンが突進してくる。
「はあっ!」
攻撃を仕掛けようとしてくるゴブリンに対して俺が放ったのは、ただの振り下ろし。
「ゴブ!?」
されど、振り下ろしだ。
ゴブリンは咄嗟に剣を横にして俺の一撃を防ぐ。
奴にとっては予想外の速度を持った攻撃だったのだろう。
表情が、俺を嘲るような顔から驚きを含んだ顔へと変質している。
この5か月、この型ばかり行ってきた。
どうすればより速く、より強く、より効率的に振れるのか、ただそれのみを考えて木剣を振るってきたのだ。
俺自身気が付いていなかったが、いつしか、俺の振り下ろしには技という概念が宿るようになっていた。
「はああ!」
「ゴ、ゴブッ!」
とにかく、振って、振って、振りまくる。
踏み込み、斬り下ろし、斬り上げ、その一連の動きを繰り返せ。
死にたくなければ、奴に攻撃する暇を与えるな。
「ゴブッ、ブウウウゥウ!」
奴の瞳が、怒りで染まっていることが分かる。
簡単に殺せると思っていたやつに追い詰められているのが許せないのだろう。
いける、これなら、いけるぞ!
後退を続けるゴブリンを見て、勝てるかもしれないという考えが頭をよぎる。
刹那――ヒュンッと風切り音を耳が捉えた。
「え? あ、あああぁぁぁああぁ!?」
腹部に、どこからか飛んできた刃物が突き刺さっていた。
じわり、とそこから血が滲んでいく。
何で!? どこから!? どうして!?
「「ゴブゴブゴブ」」
「ぐ、ああぁあぁぁああ!」
痛みに耐えきれず、俺は後ろへ倒れる。
糞が……。
もう一匹、合流していたのか。
目の前の敵に集中しすぎて、周りを全く見通せていなかった。
「ゴ!」
最初に相手をしていたゴブリンが、俺の心臓へ向けて剣を突き刺そうとしてきた。
反射的に腕でかばう。
「あああああああぁぁ!」
腕に走る雷撃のごとき痛みに呻きながら、俺はゴブリンを精一杯の力で蹴り飛ばす。
「ゴブ!」
蹴り飛ばされたゴブリンは明らかに怒っていることが分かる。
奴の怒りを買った代わりに、俺は今の蹴りで腹からどくどくと血が流れて失われていくのを感じた。
ゴブリン二匹が下卑た笑みを浮かべながらこちらへと寄ってくる。
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