ギルドマスター
「どういうことか、説明してもらおうか?」
コルシの迷宮から帰還した私たちの前に、大柄な女性が両手を腰に当て、立ちふさがっている。
二メートルくらいはありそうな身長に、健康そうな小麦色の肌、腰辺りまで伸びた真っ赤な赤毛と豊満な体つきをしている。顔は、まあ、正当派な美人ではないけれど、一度見たら忘れられないような美しさがある。
腰にはトゲのついた鞭が装備されていて、いかにも只者ではなさそうな雰囲気を漂わせていた。
ヴィートやクラウディオよりも一回りくらい年上だろうか。
私は目の前の女性から発せられた質問の意図がわからなくて、ヴィートの背中で首を傾げた。
「お前たちが大発生を鎮めたのだろう?」
女性の茶色い瞳がギラリと光った。眉根を寄せ、険しい表情で睨んでくる。
あれれ、おかしいぞ?
迷宮の主を討伐して大発生を止めたんだから、ほめられるべきことだよね。どうしてこの人はこんなに厳しい顔をしているんだろう。
私はこそこそと背中に負われたまま、ヴィートの耳元に話しかけた。
「ねえ、あの人誰?」
「コルシニのギルドマスターだ」
ヴィートの小さな声の返事に、ルフィが大きな声を上げる。
「はあ? ギルドマスター!? なんで?」
目を大きく見開いて驚くルフィに、女性は重々しくうなずいた。
「いかにも、コルシニのギルドマスターを務めているヴィヴィアーナだ。魔物の発生が止まったという報告を受けてから、迷宮を出てきたのはお前たちだけだ。そして、いずれかのパーティが最下層にたどり着いたという報告は、いまだ受けていない。……どういうことか、聞かせてもらおうか?」
それは問いかけの形をとってはいたが、どちらかというと脅迫に近い。
「……わかった。だが、こちらには具合の悪い者がいる。休ませてやりたいのだが、かまわないか?」
一歩前に進み出たヴィートが、背中にいる私に顔を向けて、主張する。
「よかろう。こちらで休むといい」
ヴィヴィアーナは迷宮のすぐ外に設営された天幕の一つを示した。
ギルドマスター以外にも、ギルド職員らしき人たちに前後を挟まれ、物々しい雰囲気の中で天幕に通される。
簡易的な小さなベッドが置かれていて、治療用の天幕の一つらしかった。
私たちのほかには、ヴィヴィアーナと数人の職員が一緒に天幕の中に入る。七人ほども入ると、中はもういっぱいだった。
ヴィートがベッドのすぐ脇で腰を下ろし、私をベッドに横たえる。
「お前は休んでいるがいい」
「うん」
全身を襲う倦怠感に、私はおとなしく横になって事態の推移を見守ることにした。
さっきまでは眠かったはずなのに、今は神経が張り詰めていて、眠気は跡形もなくどこかへ消え去っている。
ヴィヴィアーナは私が横になるや否や、口を開いた。
「お前たちが主を倒したのか?」
「おそらく、そういうことになるだろう」
「……どういうことだ?」
歯切れの悪いヴィートの返事に、ヴィヴィアーナの顔が険しくなる。
「ルフィ、あれの前足と魔石を出してくれるか?」
ヴィートの願いに、ルフィはすばやく荷物から言われたものを取り出した。
「おおっ……!」
ルフィから地長竜の一部と魔石を受け取った職員たちの間から、感嘆の声が漏れる。
魔石を目にしたとたん、職員たちの目が輝いていた。
「確かに私たちは迷宮の主らしき魔物を討伐した」
「これほどの魔石。主のものであるのは間違いないだろう。なぜそれほどあやふやな答え方をする?」
ひとりだけ冷静なままのヴィヴィアーナは、鋭い視線をヴィートに向けた。
「私たちは下層を目指すパーティをサポートするため、上層の魔物を排除していた。三層までしかもぐっていなかったはずなのに、気付けば下層に出現する魔物が目の前にいた」
どういうことかと興奮するギルド職員を、ヴィヴィアーナは片手で制して、ヴィートに話の続きを促した。
「おそらくは未知の転送陣によって、下層のどこかに転送されたのだと思う」
「明かりの、魔石が、設置されていない、場所だった」
クラウディオがヴィートの言葉を補足する。
「んでもって、いけるところまで進んだら地長竜がいたって言う訳」
ルフィが頭の後ろで腕を組み、へへんと胸を反らせる。
ねえ、ルフィ。あの地長竜を倒せて、誇らしいのはわかるけど、もうちょっと空気読もうよ。ギルドマスターさんの顔が怖いまんまなんだけど。
「それで、倒したと?」
「そういうことだ。緊急クエストを達成した私たちに対して、ずいぶんと扱いが悪いのではないか? 労わられこそすれ、このように尋問を受けるようなことをした覚えはないのだが」
「……なるほど。おおよそは理解した。功労者に対する態度ではなかったことについては、謝罪しよう。すまなかった」
ヴィヴィアーナは潔く私たちに向かって頭を下げた。
きびきびとした動作でヴィヴィアーナは頭を上げると、すぐに職員に向かって指示を飛ばし始める。
「緊急クエストを取り下げろ。迷宮内部に連絡して、攻略中のパーティにクエストの終了を通達だ」
「はいっ!」
指示を受けた職員は弾かれたように天幕から飛び出していく。
「これで余計な者はいなくなかった。詳しい話を聞かせてもらえるな?」
彼らの後姿を見送ったヴィヴィアーナは、私たちに向き直って、にやりと笑った。
「それほど話すことはもうないはずだが?」
返すヴィートの声は硬い。
不穏な空気を察知したみんなが、緊張しているのが伝わってくる。
「お前たちのパーティは一番ギルドランクが上の者でも星四つ。下に至っては星一つだ。とても迷宮の主を倒せるレベルではない」
まあ、確かにヴィヴィアーナの言うことはもっともだ。普通なら星一つの私が亜種とはいえドラゴンを倒せるはずがないよね。
「ギルドランクが実力の通りではないことは、ギルドマスターであるあなたが一番よく知っているだろう」
私が本当はドラゴンだってことを言えば、迷宮の主を討伐できても不思議じゃないって、ギルドマスターも納得するだろう。
みんなに私の正体を黙っていてほしいって頼む暇もなかったけど、うまくごまかしてくれるかなぁ?
私は急に心臓がどきどきし始めた。
「確かにな……。お前たちは盾持ちに、攻撃役に、回復役と、パーティのバランスは確かにいい。だけどお前とそこの二人はともかく、ちっちゃいほうの二人はとても熟練者には見えないな」
うん、さすがギルドマスターをしているだけのことはあるね。よく見てる。
私は自分の置かれている状況があまりよくないのも忘れて、思わず拍手を送りたくなった。
「ちっちゃくたって、役目は果たせる。大きさは関係ないだろ?」
ちっちゃいと言われたルフィは怒っている。
私のほうは……確かに小さいから、反論はできないね。
「若くてもルフィは回復役としての腕はいい」
ヴィートがルフィの肩に手を置いた。
「そしてルチアはアイスプリズンの魔法が使える。地長竜を倒せたのは彼女のおかげだ」
「上級魔法……だと?」
ヴィヴィアーナはヴィートの言葉に大きく目を瞠った。
彼女の驚いている様子なら、私の正体をばらさなくても、何とかごまかせるんじゃないかという気がしてきた。
止めを刺すことこそできなかったが、地長竜を倒したアイスプリズンは上級魔法に分類される。
魔法使いの数は少ないという話だから、上級魔法を使える魔法使いはもっと少ないはずだ。アイスプリズンが、彼女を納得させる判断材料になればいいのだけれど。
「なるほど……」
ヴィヴィアーナはあごに手を当てて、険しい顔で何事かを考え込んでいたが、ゆっくりとほぐれていった。
どうやら納得してもらえたみたい。
私はヴィートの影でほっと息をついた。
「熟練者ではないと、侮っていたことは私の落ち度だ。申し訳なかった。お詫びといってはなんだが、我がギルドで便宜を図れそうなことがあれば、遠慮なく言ってくれないか? もちろん、大発生を沈めたクエストの報酬を支払う用意はできている」
ヴィヴィアーナは私たちに向かって、再度深く頭を下げる。これまでの傲慢な態度は一変していた。
「別に私たちは特別扱いを求めているわけではない。クエストの報酬についても、正当な対価をもらえればそれでいい」
ヴィートはクラウディオとルフィの顔を順番に見回した。
「ああ」
「俺もそれで十分だ」
みんなもそれでいいらしい。
「ふ、ずいぶんと無欲なことだ」
ヴィヴィアーナが口の端をゆがめて笑った。
「あ……!」
私はふいに思い出したことがあり、思わず声を上げた。
「どうした?」
みんなの視線が一気に私に集中する。
「一つだけお願いが」
「なんだ、言ってみろ?」
ヴィヴィアーナに促されて、私はもじもじと口を開いた。
「いい杖を売っているお店を教えてもらえませんか? 私の杖は壊れてしまったので……」
クラウディオと出会うまでは、杖なんてなくても魔法を使っていたけれど、今では杖なしで使うな
んて想像ができない。
たぶん使えるとは思うけれど、上級魔法を発動させるのは無理だろうし、あるとなしではかなり威力が違ってくる。今後のことを考えたら、ぜひとも新しい杖を手に入れておきたい。
「それはいい考えだな」
ルフィが大きくうなずいていた。
「わかった。いい店を紹介しよう。それから、あずかった素材はギルドで買取らせてもらいたいが、かまわないな?」
ヴィヴィアーナは苦笑しつつ、お店の紹介を請け負ってくれた。
「ああ、それでいい」
どのみち魔石はギルドでしか買取してもらえないので、地長竜の前足もあわせて買い取ってもらえるのなら、それがいいだろう。
みんなにも異論はなかった。
用事が済んだとばかりに、出口へ向かいかけたヴィヴィアーナがふと振り返った。
「このままこの天幕で休んでもいいし、コルシニへ戻るのならば送らせるが、どうする?」
みんなの視線が再び私に集まった。
そうだね。私が一番足を引っ張ってるよね。
「できたら街に戻りたいなぁ。ここだと落ち着いて眠れないよ……」
天幕の外は戻ってきた冒険者たちや、ギルド職員が走り回る音がしていて、けっこう騒がしい。
魔力が尽きてしまっているので、自分の身を守るのも難しい。
だったら街の方が安全で、ぐっすり眠れる気がする。
「では、馬車を用意しよう。準備ができたら誰かを呼びに越させる。それまで、少しでも休んでいくといい」
ヴィヴィアーナは片手を上げて挨拶をすると、天幕を出て行った。
彼女の気配が十分に遠ざかったところで、誰からともなく安堵の声が漏れた。
「ふう……」
ヴィートが冷や汗を拭うふりをして、かすかに残った緊張を和らげる。
「いきなりギルドマスターが出てくるとは思わなかったな」
「そりゃそうだ。普通に冒険してたら、出会わないだろう」
「俺も、ギルドマスターと、話をしたのは、初めてだ」
ヴィヴィアーナがいなくなったことで、みんなはすっかりくつろいだ様子だ。
ここで私はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ギルドマスターってそんなに偉いの?」
「当たり前だ」
間髪いれずに頭をぽふりとクラウディオにたたかれる。
「おまえ、本当になにも知らないんだな……」
ルフィにあきれた顔をされてしまった。
「ギルドマスターともなれば、地方の領主に匹敵するほどの権力を持つ。場所によっては国境をまたいでいるギルドもある。そうなれば小さな国の王にも匹敵するぞ?」
おおう。ヴィートにもちょっぴりあきれたような目で見られてしまった。
そもそも、領主がどんな権限を持っているのか知らないのに、ギルドマスターがどれくらい偉いのかなんて、わかるわけがないじゃない?
まあ、なんとなく偉い人なんだって覚えておけばいっか。
「んー、たぶんわかった、と、思う」
歯切れの悪い私の答えに、みんなはそろってふきだした。
「まあ、仕方ないな。くくくっ、……ドラゴンなんだし」
ルフィが笑いすぎて痛くなったおなかを押さえながら言った。
「そうだな。ルチアだしな」
「ああ」
ヴィートに続いて、クラウディオもうなずく。
「みんな、ありがとね。黙っててくれて」
私がそう言うと、ようやくみんなの笑いが治まった。
「だって仲間だろ?」
「うん。そうだね!」
私は魔力切れの気分の悪さも忘れて、大声で笑った。




