窮鳥懐に入れば……
一通りルフィーノ少年の話を聞き終えたところで、クラウディオが私に向かって手を差し出した。
「ルチア、コップを出せ」
「んー?」
「フェルの、茶だ。これなら、飲める、だろう」
基本的に果物しか食べない私のために、わざわざ淹れてくれたのだ。
「わぁ、ありがと!」
私は慌てて荷物から買ったばかりのコップを取り出し、クラウディオに手渡した。
甲斐甲斐しくお世話をしてくれるクラウディオは、まるでお母さんみたいだ。料理ができて、気配りもできて、彼は私のお母さんよりもかなり家庭的かもしれない。
「ん……、いい匂い」
受け取ったコップからは、甘い匂いが立ち上っていた。イチゴのような甘い匂いに誘われて口をつける。
「あちっ」
お茶が熱くて舌先をやけどしてしまった。
こういうのも猫舌っていうんだろうか。私はドラゴンなのだから、ドラゴン舌と言うべき?
あつーい。でも、美味しい。甘い匂いを裏切らず、味もきちんと甘い。やっぱりお砂糖か何か入っているんだろうな。
ふーふーと息を吹きかけて、冷ましながらお茶をすすっていると、強い視線を感じて顔を上げた。
ルフィーノ少年の青い瞳から発せられた、うらやましそうな視線が突き刺さる。
「お前も、いるのか?」
「……もらえるならほしい。あと、ルフィって呼んでくれ」
クラウディオは鼻で笑って、ルフィにもお茶を振る舞った。
「ありがと」
「それで、ルフィはこれからどうするんだ?」
ほっとした表情でお茶を飲んでいたルフィは、ヴィートの問いに真剣な顔つきに変わる。
「コルシニに戻りたい。パーティメンバーがどうなったのか、ギルドへ行けばわかるだろう。彼らが無事なのか知りたい。ギルドカードも再発行しないといけないし、あんたたちにもお礼がしたい……」
ルフィの言葉に私は驚く。
「パーティメンバーの安否がギルドでわかるの?」
「ああ。ギルドでメンバーの居場所を調べてもらうことができる。もし居場所が分からなければ、それはメンバーがギルドカードを所持していないということだ」
ヴィートの説明に私はぞっとした。つまりは死んでいたら、居場所が分からないと……。
ギルドカード、まじ優秀。
「そうなんだ。じゃあ、ヴィートやクラウディオとはぐれたら、ギルドに行けば居場所がわかるってこと?」
「ああ。パーティを組んだことがある者のことなら教えてくれる」
ふんふん。じゃあ、ルフィもコルシニに行くんだ。私は思いつくままに口を開いた。
「じゃあさ、ルフィ。コルシニまで私たちと一緒に行かない?」
ルフィは大きな目をさらに大きく見開いている。
「いいのか?」
「あ、事後承諾になっちゃったけど、クラウディオ、ヴィートもいいかな?」
「私は構わない」
「いい」
ヴィートとクラウディオも同意してくれる。
ちょっとお節介かな~とも思ったけれど、どうせ行く先は一緒なのだ。わざわざ離れて行くこともないだろう。情けは人の為ならずと言うからね。
「助かる。すまないけど、よろしく、頼む」
ルフィはそう言って頭を下げた。
「どうせ行く先は一緒だ」
「ん」
「ありがとう」
ヴィートもクラウディオもやっぱり優しい。
でも、二人の表情が浮かない様子なのがちょっとだけ気にかかる。
「あのさ……、おかわり、ある?」
まだ食べ足りない様子のルフィが空になった器をクラウディオに差し出す。
「ああ」
クラウディオは苦笑しつつ、器にスープを盛り付けた。
ルフィに聞いてみたら二日近く食べてなかったそうで、お腹がすいているのも納得だ。
彼は鍋に残っていたスープをすべて平らげると、座ったまま船をこぎ始めた。
まともに眠れてなかったのかもしれない。
「ルフィ、お前は俺のテントを使え」
クラウディオが目をこすっているルフィを自分のテントへ連れて行く。
本当にお母さんみたいだ。
「さ、私たちも寝ようか」
ヴィートに促されると、私も急に眠気を感じた。
「うん。ふあぁ……」
戻ってきたクラウディオがたき火に枯れ枝を追加して、薬草っぽいものを投入した。ちょっとツンと鼻をつく匂いが広がっていく。
「それ、なあに?」
「魔物避けの、香だ」
「そんなのがあるの?」
「火と、一緒に、焚いておけば、弱い魔物は、近寄れない」
ふおぉ。便利だ。
あんまり好きな匂いじゃないけど、それだけで魔物が近づかないなら我慢できる。
「あれ、クラウディオは寝ないの?」
寝床をルフィに譲ってしまったら、クラウディオはどこで寝るんだろう。
「ルフィのパーティメンバーも近くにいるかもしれないし、目印になる火は絶やさない方がいいだろう。私と交代で眠れば問題ない」
「私も、火の番できるよ?」
「子供は、寝るのが、仕事だ」
ちゃんと成竜していると言いかけて、生ぬるいヴィートの視線に気づいてやめた。二人がそういうのならば、甘えておこう。何より眠い。
「じゃあ、おやすみなさい」
今日は久しぶりに一人で寝るんだなあと思いつつ、自分のテントで毛布に包まったところで私の意識は途切れた。
目が覚めたら、なぜかいつも通りクラウディオに背中から抱っこされていた。
「おはよう」
クラウディオの低い声が私の耳に響く。
「な、なんでぇ?」
私は目をこすりながら起き上がる。
「明け方、寝ようと、思ったんだが、寝場所が、なかった」
あー、ルフィに寝床を譲っちゃったのはいいけど、ヴィートが起きてくれなかったと。まあ温かかったからいいけどさ……。
クラウディオがテントを出ていったあとで、私は着替えてテントを片づける。
ヴィートが起きて朝食の準備をしていた。
「おはよう。ルフィは?」
「クラウディオが起こしてる」
昨日よりはかなりましな顔でルフィが起きてきた。
「はよ~」
「おはよう」
みんなが軽く朝ごはんを食べている間、私はいつものように果物をかじる。
「お前、そんなんで足りるのか?」
ヴィートが作った炙ったベーコンをはさんだパンを口にしつつ、ルフィが聞いてくる。
「平気だよ~。私竜人だし」
「はあっ?」
ルフィは口を大きく開けている。
「ルチアはいつも、果物ばかりだな」
「そうなのか~。まあ、お前がいいならいいけどさぁ」
この人、口は悪いけどいい人っぽい。
「近くに、人がいた、痕跡は、なかった」
付近でルフィのパーティメンバーを探していたクラウディオが合流してきた。
「そっか……」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
そんなわけで、私たちはコルシニに向けてキャンプを出発した。
「お前は無理しないで、ついてくればいい」
そう声をかけたヴィートに、クラウディオもうなずく。
「パーティ登録も、してないし、無理に、戦う必要は、ない」
「すまない。そうしてもらえると助かる」
ルフィはとても申し訳なさそうな表情で、私たちに向かって頭を下げた。
そんな話をしていると、さっそく魔物のご登場だ。
「大猪だ!」
ルフィが大声で叫んだ。
あの魔物が、ルフィたちが負けちゃった相手かぁ。気を付けてかからないと。
「燃やしちゃっていい?」
「大猪の毛皮は炎に耐性がある。ダメだ!」
フレイムウォールを使おうと思ってたけど、ヴィートのアドバイスに従って、使う魔法を変えよう。
「りょうかーい!」
クラウディオの攻撃タイミングを見計らって、新しい魔法を使ってみる。
青藍、アイスランス!
地面から氷の槍が何本か突き出て、大猪の無防備な腹部を貫く。
大猪はぶひぃとブタみたいな悲鳴を上げた。
身体を貫かれ、ほとんど身動きのできなくなった大猪は、クラウディオの攻撃に命を刈り取られていく。
ほとんど防御の必要がないと見て取ったヴィートも、攻撃に加わる。
「……すげえ」
ほとんど役割を終えてしまった私が声に振り向くと、戦う様子をうしろで見ていたルフィの口は、顎が外れそうに大きく開いていた。
私が魔物に視線を戻すと、大猪の命は尽きていた。
「大猪の討伐証明部位はどこだ?」
ヴィートに問われたルフィは、はっとして自分が呼ばれていたことに気づく。
「耳か尻尾だよ。ああ保存魔法のかかった魔道具さえ持ってればなぁ……。毛皮もいい値で売れるし、肉も食べられるのに……」
地面に倒れ伏した大猪の死骸を前に、ルフィはとても残念そうに、うなった。
大猪を貫いていた氷の槍はすでに消えていて、跡形もない。
「俺は、いつも、面倒だから、そこまで、解体、したことが、ない」
「私も討伐証明部位くらいしか採集しないな……」
以前に、二人は私に素材採集には技術がいるって教えてくれたことを思い出す。
「ええぇ! すげえもったいないよ、それ」
「持って、いないことも、ない」
「ええっ、まじ? じゃあ、俺が解体してもいいか?」
「え? ルフィは剥ぎ取りとかできるの?」
「ああ、得意だぜ? ナイフさえあればって、ありがと」
クラウディオが差し出したサバイバルナイフほどの大きさの採集ナイフを受け取って、ルフィは喜々として大猪を解体し始めた。
ルフィはあっという間に死骸を綺麗に毛皮と肉に分け、魔石も見つけ出してくれた。
「ほらよ」
ルフィは血抜きの終わった肉を、大きな葉でくるんでクラウディオに手渡した。
クラウディオは受け取った肉の塊を、そのまま私に差し出してきた。
「ルチア、頼む」
「はーい」
持ってるって、私の魔改造麻袋のことだったのね。
間違ってはいないので、肉を受け取って袋に突っ込む。
「皮はもう少し加工したほうが高く売れるけど、このままでもそれなりに値段がつくはず」
私は黙って毛皮も受け取って、麻袋にしまった。
「ギルドで換金したら、分けようね」
「俺はいい。少しでも助けてもらった礼になればと、思ってさ」
ついでに討伐証明の耳も麻袋に突っ込む。
「よーし、この調子でどんどん行こう!」
そのあとは二体の大猪を狩ったところで、私たちはけがを負うこともなく無事コルシニの街に到着した。
私たちが到着したのは夕方近くだったけれど、人通りがとても多い。
行き交う人の姿の中には獣人らしき人もいて、私のテンションは知らず知らずのうちに上がる。
ヴェルディの街は森の中の街という印象だったけど、コルシニは建物ばかりで、緑が多いという感じはしない。夜になっても門が閉まることはなくて、夜も冒険者が出入りをしているそうだ。
「とりあえず、ギルドにいくぞ」
街を見物したい気持ちもあるけれど、ルフィのパーティメンバーを探す方が先だ。
私はきょろきょろと街の様子を見回しつつ、ルフィの案内でギルドに向かった。




