15
俺は、妻子を持たないと決めていた。
それなのに、俺は彼女を愛した。
彼女の本当の名は柊結衣。
俺の本名は黒川一郎だということを互いに話した。
やがて俺と結衣の間には子供ができ、これ以上ない幸せな時間を過ごした。
しかし、幸せはそう長くは続かなかった。
二年が過ぎた頃。
結衣は歩道橋の下で亡くなった。
そのことをニュースで知り、俺は今まで味わったことないほどの絶望に打ちひしがれた。
その頃の俺は、複数の殺し屋から命を狙われていた。
俺の居場所を突き止めるためなら、連中は家族すら利用する。
だから俺は、誰にも明かさなかった。
結衣のことも、結衣との間にできた双子の父親が自分であることも。
それが、家族を守る唯一の方法だと信じていたからだ。
俺は父親にはなれなかった。
名乗ることも。
抱きしめることも。
成長を見守ることさえ許されなかった。
それでも、子供たちが生きていてくれれば、それでよかった。
結衣と最後に会った日のことは、今でも鮮明に覚えている。
別れ際、双子を身ごもっていた結衣は静かに微笑み、俺の左手を優しく掴んだ。
「しばらく会えなくても、あなたを愛してる。それを忘れないで」
その言葉に、もう嘘はなかった。
人を試すような笑顔も、芝居がかった涙もなかった。
ただ一人の女として、まっすぐ俺を見つめていた。
俺は結衣を愛している。
それは今も変わらず、この先なにがあっても変わることはない。
結衣は逝き、俺は生きている。
自分は父親だと、名前すら名乗れない我が子…。
今はどこで、何をしているのかすら分からない。
数多くの殺し屋に命を狙われている俺が自分の子供に会えば、
その子供は命の危機に晒されることになる。
俺という存在を消すことで子供たちを守れるのなら、俺はあの子たちの父親でなくてもいい。
どうかどこかで幸せに暮らしていてほしい。
俺は今もそう願っている。
結衣が亡くなって十年、俺は結衣が何者かに殺されたと思い、
復讐をする為だけに今まで生きてきた。
俺は警視長の男と共に死に物狂いで情報を集め、ある一人の男に辿りつく。
俺の協力を受け入れた警視長の男が言った。
「この件が終わったら、あんたには全ての罪を償ってもらう。それを忘れるな」
俺は静かに頷き
「わかっている」
と男の方を見る。
真っ直ぐな目をした警視長の男の名は風間瞬。
他でもない、マンションの元隣人だった。




