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八百万ライフ*わたしたちの日常* 第1巻「里山の巻」  作者: 天鈿ひかり(うずめひかり)


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第19話 「浄化、そして―――」

 「かーやひーめちゃーん、呼んだ〜?」


 全員が声のした方を向いた。


 そこには、ひかりよりも背の低い女神が一柱。ぱっちりした目と、どこか飄々(ひょうひょう)とした雰囲気。それでいて、その場の空気をすっと変えてしまうような存在感があった。


「あきちゃ〜ん!呼んだわよ〜。ちょっと助けてくれな〜い?」


「いいよ〜!"消す"?」


「なに物騒なこと言ってるのよ〜、"浄化"よ浄化」


「あ〜浄化ね。任せて!」


 彼女の名は「速開都比売神はやあきつひめのかみ」。人の世での名は「速見はやみ 開都あき」。川の女神であると同時に、祓いの女神でもある。だから浄化は朝飯前だ。


「で、どこを浄化するの?」


「この村の村人全員」


「え〜〜〜っ!あれだけの人間を浄化しないといけないなんて無茶な話よ。やってもいいけど、悪事が酷かったら"死"だよ」


 怖そうな顔をするが全然怖くない。


「まぁ、それは仕方ないわね」


「いやいや、ちょっと待ってください!」


 ひかりが割って入った。


「いくら酷くても死んでしまうまで浄化はさすがにかわいそうです!」


「でも、これを招いたのは村人よ?」


「それはそうですけど……」


「村人は"繋がる神"を間違えたようね」

開都は静かに続けた。

「これはつまり、普段からかやひめちゃんとか山の長、森の神と繋がってない何よりの証拠よ?ある意味自業自得。でもね、ここの村人、普段から山や森の神とちゃんと繋がってる人たちもチラホラいるの」


「え?」


「例えば、村の北側の人たち。あそこは壊滅したけど、村人の精神は全く崩壊してない」


 (いつの間に偵察したんだ?)


「偵察と言うか、雰囲気で分かるの」


「!? なぜわたしが思ったことが分かるの!?」


「それはね、相手の心の内が分からないと何を浄化すればいいか分からないから。逆を言えば、心の内が分かれば何に対して穢れがあるか分かるの。うちは浄化もやるからね、日々鍛錬は欠かさないの」


「うずめとは大違いだな」

力也がちょっかいをかける。


「!!! 何だと!!」


「本当のことだろ?」


「何を~~~~~っ!」


「まぁまぁ喧嘩しないで」

草野姫が割って入った。

「とりあえず村人の浄化はあきちゃんに任せたわ。浄化さえすればあとは村人が村を建て直すでしょ」


「おれらの社はどうするんだ?」


「それはもちろん、あ、な、た♡ 任せたわよ♡」


「!! 村人にやらせるんじゃないのか!?」


「や〜ねぇ、もちろん建物は村人に建ててもらうわよ〜。そのあとの本拠の依り代を作り直さないといけないでしょ?」


「あぁ、そうか、そうだな」


「じゃあ今日はもう遅いから、明日朝一で浄化を始めるね!」


「お願いね♡」


 ―――翌日早朝。


 力也はすっかり回復し、いつものように太陽が顔を少し出したくらいの刻には外に出ていた。いつものように一柱で眠気を覚ます——はずだった。


「ん、ん〜〜〜〜っ、あ〜起きた〜」


 (うるせーな、朝から)


「あっ!おはよう!えぇーっと、力也くんっ!」


「あ、あぁ、おはよう」


「んもうっ!朝から元気出しなよ〜」


 開都は力也の肩をぽんっと叩くと、そのまま祭祀道具を持って村の中心へ向かった。


 村はまだ寝静まっている。まだ誰も起きていない澄みきった空気の中、彼女は今から"浄化"を始める。


 開都の行う浄化は、人の心が寝静まり、かつ朝の澄んだ空気の中で発動することで、より広範囲に、より深く浄化を施せる。特にこの村は成金による貪りが深刻化しているので、尚更この刻にやらねばならない。


「さぁ、始めるか」


 そう呟いて、開都は「祓詞はらえことば」を唱え始めた。


 力也は驚いた。開都の声が村中に響き渡っているからだ。まるで大声でも出しているかのように。しかし開都は、それほど大きな声は出していない。声が遠くまで聞こえるほど、空気が澄み、この詞の威力も高い——ということだ。


 しばらくすると、何かが迫ってきた。


 力也はそれが何か分からず、来るまで待ってみた。それがいけなかった。


 (!! おいっ!水が流れてきとるがなっ!)


 心の中で叫んだ。確かに、濁流のように水が迫ってくる。ただその水は、驚くほど綺麗だった。


 力也は逃げようとしたが遅かった。

(もうダメだ、流されるっ!)


 ところが——


 (……ん?水に触れる感覚がない。溺れてもいない。なぜだ?)


「その水は、場を清める水。見えるのは神と、"見える能力"を持つ人間のみ。今彼女は、あの水を使ってこの村を洗浄しているのよ」


 草野姫がいつの間にか隣に立っていた。


「……そうなのか」

力也は開都の方を見る。


「あら、あきちゃんに見惚れちゃったの?」


「!……いえ、そんなことは……」


「あらぁ、そんなこと言って、顔が赤いわよ?」


「!!」


 草野姫は相変わらず力也をもてあそぶ。


 その時、水が"龍"に変わった。



 龍は口に黒い何かを咥えて、噛み砕いていた。


「すげーな。なぁ、あの黒いものはなんだ?」


「あれが貪りの元凶、"穢れ"よ。あんなに目に見えるほど酷いものは初めて見たわ」


「うわぁ、確かに汚ねぇな」


 それは、力也がドン引きするほど"どす黒い"色だった。


 龍が昇っていく。祓詞のクライマックスだ。


「ふぅ、完了。いやぁ、ひどいひどい。良かったよ〜呼んでくれて」


「ありがとうねぇ〜、これで内側の浄化は出来たわね。あとは、村人自身がどうするかね」


「それは大丈夫でしょ!かやひめちゃんと旦那さまが本気出せば、村人なんてすぐ動くよ」


「それもそうね」


 力也は思った。たぶん今、恐ろしい計画を立てているのでは、と。


 三柱は宿に戻った。ちょうどひかりが外に出てきた。


「あっ!力也っ!やっぱり好きなんだぁ、"お姉さん"」


 そう言いながらくすくす笑うひかり。


「!! そんなんじゃねぇよ!たまたまだ、たまたま」


 ちなみに今は人の気を纏っていないので、大声の言い合いは人には聞こえていない。ただ、風が少し強い。草野姫と開都は笑っていた。


「……おはようです……」


 蓬生が寝ぼけながら出てきた。


「おう、蓬生。もう大丈夫なのか?」


「うん、もう大丈夫。力也の方こそ大丈夫?」


「あぁ、まだ少し痛みはあるが、大丈夫だ」


「そっか、なら良かった」


 蓬生が満面の笑みを見せた。それを見た草野姫と開都は——


 ズッキュンっ♡


「かわいい〜♡」


「えへっ、えへへ〜」


 蓬生もまんざらではない。


「みんなー、朝飯食べに行くぞー」


「「はーい」」


「あれ?あたしの夫は?」


「起きません」


 草野姫の顔色が変わった。


「あ〜な〜た〜!? いつまで寝てんのよ!!!」


 草野姫が怒りながら客間へ向かう。

これはどんな状態で来るのやら。


「相変わらずね」

開都は草野姫を見ながら言った。


 五柱は人の気を纏いながら食堂へ向かった。しばらくすると、長と草野姫がやってきた。

長の顔は——まぁ、すごいことになっていたが、それは読者のご想像にお任せする。


 朝8時頃。


 ひかりたち一行は宿を出て、村の北側——

昨日の決戦地へ向かった。なんとか原形が分かりそうな感じで"壊滅"していた。


「まぁ、こうなっているとは思った」


「さて、これをどうしようかねぇ」


「これを村人に直してもらえば?"みそぎ"になるでしょ」


「そうねぇ、どうしようもなくなったら夫が手伝えばいいしねぇ」


 長の背筋が凍った。


「じゃあ、山はどうしよう?」


「山はまずオオバコを植えようと思う。そのあとに商店街にお花屋があるからそこのお花をたくさん植えよう」


「そうだね」


 そんな話をしていた時だった。


 ツバメが一羽、ものすごいスピードで開都のもとへ飛んできた。


「チュピー!チュピチュピチュピーーーーー!!!!!」


「ちょっとぉ〜どうしたどうした?」


 ツバメの足元に文がついていた。開都が広げる。そこにはこう書かれていた——


 『川が、黒い。早く戻ってきて。……』


 ひかりたちも覗き込む。

差し出し人の部分がぼやけて読めなかったが、開都の顔から血の気が引いていた。


「うちらの川が……」


「大変だ!急いで行かないと!」


「それは早く行った方がいい」

長が静かに言った。

「"黒い"という表現は、おれらの山や森と同じ状況かもしれない」


「あきちゃん……こんな大変な時に呼んで……ごめん……」


「うぅうん、かやひめちゃんは全然悪くない。だって、うちが川を出た時はいつもと変わらない川だった……」


「まさか!?」


「あぁ、間違いない」


「香香背男がいるんだ」


「行こう、開都さん!」


「でも、ここは……」


「ここは大丈夫!夫もいるし、元々あたしたちが護る場所。あたしたちで何とかできるし、何とかするから。あきちゃんは自分の故郷へ急いで!!」


「……分かった! うち、行くよ!」


「ねぇ?わたしたちも付いてっていい?その……わたしたちは、神々の衰えの原因究明で旅をしてて、その原因が黒い……」


「えぇっ!!そうなの!?じゃあ、ひかりちゃんと力也くんは天鈿女命と天手力男神ってこと!?」


「そうだよ!」


「そっか〜! 昨日が初めましてだったから知らなかった〜!」


 ちなみにこの時代、写真なるものは無かった。だから天の岩戸事件のような大事件のことは、口伝えか新聞のようなもので広まる。顔を知らないのは当たり前の時代だ。


「そうと決まれば行ってきなさい」


「くれぐれも道中気を付けてね!」


「はい!」


「そうだ、おぬしたち」

長が呼び止める。

「しっかり礼を言えてなかった。ありがとう」


「いえいえ!そんな!頭を上げてください!」


「いいのよ!お世話になったし。あたしからもお礼を言うわ」


「そうだ、これをおぬしたちに」


 長はひかりに、お守りを二つ手渡した。


「これは……」


「おれとかやひめの"神気守護"だ。もし香香背男みたいな強大な"負"の力を相手にどうしようもできなくなったら、これを投げなさい」


「はい!ありがとうございます!」


 こうして、ひかり、力也、蓬生、森樹、そして開都の五柱は、開都の故郷の川へと急いだ。


 この時はまだ、ひかりたちは知らなかった。

 あの川の"現状"を——。





第1巻「里山の巻」完。

―――第2巻「河川の巻」(第20話)へ続く。

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