三十九
水鳥宮祭りを終え、さくらの代わりを務めた日々が終わった。朝いつもより少し遅く起きると、いつも朝食とお弁当を残し、早めに出ていた薺が今日は珍しくまだ家にいた。千鶴と薺と朝食を取り始めた矢先、薺が喋り出す。
「昨日榊に言われたことだが」
「ああ、さくらさんの代わりやるって話?」
「そうだ」
「さくらさんの専門は、縁だったよね」
奈々世は、さくらを演じるにあたって、薺から言われたことを思い出す。
「ああ。縁結びや縁切り、良縁が運ばれることなどを願う」
「恋の成就とか、別れたくてもなかなか別れられない人との縁切りとかだね。名称は縁だけど、内容は人間関係全般のことだよ」
「なるほど」
「非常に不本意だが、榊の言った通り、表舞台へ出てしまったからには、職務にも少しずつ手を出していかなければならない。さくら様が行方不明になってからこれまでの願書の中から、自分たちでどうにかできる余地のある依頼がないか探してみるつもりだ。非常に不本意だが、仕方がない」
(非常に不本意って2回も言ってる。本当に嫌なんだな)
「今日は、水鳥宮祭りに関してまだ残っている仕事を片付ける。明日から私の方で探し、絞ったものを、数日後に三人で精査して選択し、願いを叶えるために動いていく予定だ。何せ人智を超えた力で解決していたことを人の手で解決するのだ。数は多い方がいいからな。よろしく頼む」
「あいあいさー」
「分かった」
そんなやり取りが行われた朝食を終え、支度をして千鶴と家を出て学校へ向かう。
学校へ着いて、昇降口を通る際、「おはよう」と声をかけられる。振り向くと、初めて見る男子生徒がいた。男子生徒は、どこか大人びた雰囲気があって、スタイリッシュな見た目をしている。
「あ、いづいづだ。おはよう。結構いなかったね」
「みぞれ山まで行ってたからね」
「話聞きたいなー」
「いいよ」
千鶴に気さくに笑った彼と目が合い、何となく軽く会釈をする。すると、彼は、淡い笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「おはよう。編入生だよね?」
「はい。河上奈々世です」
「長谷伊月って言います。よろしく」
「いづいづは同じ学年だよ。長期任務でいなかったクラスメイトの一人」
「そうなんだ」
「伊月って呼んで。あ、茜、おはよう」
伊月は、今昇降口にやってきた男子生徒に声をかける。この男子生徒も見たことがない。この男子生徒は、氷を連想させるような鋭く冷たい瞳をしていて、どこか人を寄せつけるようなまたは寄せ付けないような静かな迫力があり、凄みのある人のオーラのようなものを感じる。そして、背中には、細長い剣を背負っており、手足には包帯が巻かれていた。
「ああ」
「須藤茜、おはよう」
続けて千鶴も挨拶をするが、男子生徒は無視し、奈々世のことはその氷のように冷たい目で一瞥して、歩みを進める。
(無視……)
「茜!」と伊月は行くのを急いで止めるように呼び止めたが、呼びかけに構わず男子生徒は行ってしまった。
「あーー……ごめんね。誰にでもああだから気にしないで」
「うん、大丈夫」
「さっきのは、須藤茜。俺の相方。って、この話伝わる?」
伊月は、奈々世の理解が追いついているか、確認してくれた。奈々世がいつから学校に通っていて、どのくらいヨウキョウビトについて知ってるか分からなかったので、気遣ってくれたのだろう。
「大丈夫」
「そっか」
伊月は、その後、千鶴に色々と質問されながら教室へ行った。伊月は、矢継ぎ早に来る質問に嫌な顔一つせず、そのどれも答えていた。教室についてからも、千鶴は質問をしていて、既に登校していた美愛なども周りに集まってきて、伊月の話す長期任務の話を興味津々で聞いていた。
奈々世は、任務の話にすごく興味があるわけでもないし、まだみんなが和気藹々としている空間には慣れなかったので、教室を出た。出てすぐ、
「見たことない子だー」
と、初対面の女子生徒に顔を近づけられる。彼女は、澄んだ瞳と透明感のある見た目をしていて、天真爛漫な雰囲気を感じる。
彼女は、まじまじと自分を見てくるので、奈々世はのけぞったが、その反動で彼女の着ている制服が目に入った。制服は、レースで少しアレンジされている。
「かわいい」
無意識に、奈々世の口から、かわいいという言葉だけがこぼれる。抽象された情報が彼女の耳へと伝わり、彼女はきょとんとした顔で、目をぱちぱちと瞬きした。
「あ、ごめん。制服かわいいって意味」
「ほんとう?これは、おさがりなんだ。えっと……」
彼女は、急に言葉に詰まり、その瞬間、目を見開いた。そのおかげで光がたくさん入るようになった瞳が、動揺に揺れているのが分かった。すぐに、ぽたっと透明の涙がそこからあふれた。
「大丈夫?」
彼女は、肯定も否定もせず、涙を拭った。
「親戚のおねえさんがくれたの」
彼女の視線は下にあって、その瞳が映すものから何かをとらえることはできなかった。でも、積もらない雪のように、床に小さくシミができては消えていて、きっと今も彼女は泣いていることだけは分かっていた。どうしたらいいか分からず、ただ立ち尽くしていると、彼女の後ろから、また別の見たことのない女子生徒がやってきて、
「ねぇ、扉の前に立ってられると邪魔なんだけど」
と、真顔で淡々と言った。この女子生徒は、つり目と耳下で結ばれている二つのお団子が特徴的で、見た目は明るそうに見えるが、喋り方や所作は落ち着いていてどこか知的にも見える。
この女子生徒は、扉から避けた彼女の顔を見て、
「何?」
と眉をひそめる。女子生徒の視線は彼女から、奈々世へ移った。無遠慮にじろりとした視線を向けられる。その瞬間、彼女はすぐに口を開いた。
「違うの。親戚のおねえさんのことを話そうとしたら、名前……」
言葉を詰まらせた彼女に、女子生徒は「そう」と呟くように口にした。
「ケンカじゃないならいいけど、あなた編入生でしょ。ヨウキョウビトじゃない立場でここにいるんだから、くれぐれもあたしたちの邪魔しないでよね」
女子生徒は、冷静に言葉を並び立てる。
「あ、うん」
「……あたし、雀野初音。そっちは?」
「河上奈々世です」
「そう」
女子生徒は、奈々世の顔を見やった後、身を颯爽と翻して、教室へ入って行った。
「奈々世さんっていうんだね」
先ほどから泣いていたであろう彼女は、少し赤い目を誤魔化さずに、天真爛漫な笑みを見せる。
「うん。名前、聞いてもいい?」
「あ……」
なぜか、彼女は一瞬強張った顔をする。何かまずいことを言ったのかもしれないと思って謝ろうとしたが、それより前に、
「織笠かなめだよ」
と、彼女は名乗った。名乗った後、かなめは緊張していたのか、はぁと息をこぼす。
(織笠って確か……)
『中峰さんが触れた場合は、門倉くんが祓わなきゃいけないっていうのは、どういうこと?』
『あ、説明してなかったね。さっき、あやかしは、攻撃して弱らせないと祓えないって話をしたの覚えてる?』
『うん』
『普通は、攻撃して弱らせる能力と、祓う能力に分かれてるの。ヨウキョウビトは、あやかしを攻撃して弱らせる人とあやかしを祓う人が組んで、二人組で活動してるんだ。わたしは相方がいないから、なかみあと郁がペアだよー。なかみあが攻撃する人で、郁が祓う人だね』
『なるほど。みんなが両方できるってわけじゃないんだ』
『両方を包含した能力の方も、中にはいますよ。古賀家と織笠家の人ですね』
(攻撃から祓うのまで全部できるって言ってたはず)
「よろしく」
「うんっ、よろしく。教室入る?」
「ううん。少し校舎の周り散策してくる」
「そっかぁ。気をつけて」
「うん、ありがとう」
そうして奈々世は、一限が始まるまでの時間を校舎の周りの散策に費やし、始まる頃教室へ戻り、授業を受けた。
長期任務で不在だったのは、茜、伊月、初音、かなめの四人だったようで、これで奈々世はこの学年及びクラスの全員と顔を合わせたことになった。しかし、今日は顔を合わせたのみで、四人とは朝以外大した交流はなかった。
読んでくださり、ありがとうございます。
加筆したついでに、次回更新についてお知らせさせていただきます。次回更新は、21日18時に3エピソードあげます。その次は、27日18時に更新予定です(ここで契約について深掘りできる予定!です)。よろしくお願い致します。




