第8話:路地裏で出会った、忘れかけていた世界。
「……この香りは……」
路地裏から、芳しい匂いが漂ってきた。
空腹だった俺は、その匂いに惹かれ、路地裏へと入る。
その先を見ると、一台の屋台があった。
――屋台?今時分、営業が許されている屋台があるとは……
俺は、匂いに釣られて、その屋台の暖簾をくぐった。
「はい。いらっしゃい」
屋台の店主の声が俺の耳に届く。
その声に、俺は聞き覚えがあった。
「……あ、あなたは……」
「お、珍しいこともあるもんだ。総料理長」
そこにいたのは、今は亡き師匠の友人だった。師匠同様、大変お世話になった、俺の恩人の一人だった。
あの頃と変わりない笑顔が、そこにはあった。
その笑顔に、俺は、泣きそうになっていた。
「何、ぼーっとしてるんだい。とりあえず座りな」
促され、椅子に腰掛ける。
「お久しぶりです……」俺は声を振り絞った。
「そうだな。何年振りかねぇ。それにしても、どうしたんだい?あのホテルの総料理長とは思えない姿だが……」
「……実は……」俺は口篭ってしまった。言うべきかどうか、躊躇ってしまった。
「……まぁ、訳ありなのは、見ればわかる。とりあえず……まだ、営業時間前だが、なんか食っていくかね?」
屋台の店主は、憔悴しきっている俺に、訳を聞くわけでもなく、にっこりと微笑んでいた。
「……すいません……では、お任せします。何か、温かいものをください」
「じゃあ、あら汁でも食ってきな。その感じだと、お酒はやめた方がいいな」
そう言って、店主は、あら汁とおにぎり、漬物を出してくれたのだった。
あら汁の香りは、とても優しかった。
次回予告:
屋台の食事の支払いをしようとする俺に投げかけられた店主の言葉。
お代は――1000万円。その真意とは。




