第7話:肩書きを失った夜、俺は街を彷徨った。
ホテルを追い出された俺は、街をあてどなく彷徨っていた。
目的地はなかった。家に帰っても寝るだけだった。
灯りの付いていない家で、一人じっとしているのは、辛かった。耐えられなかった。
しかし、外に出ても、何も目的は見つからなかった。
財布の中にある「ホテルの総料理長」と書かれた名刺。それをゴミ箱に捨てる勇気もなく、未練がましく、名刺の縁を指でなぞっていた。
長年、厨房で立ち続けていたためか、長時間、座っていると逆に足が落ち着かない。目的もなく「立ち止まっていること」に恐怖を感じていた。
そんな状態でも、不思議なもので、腹は減る。
目についた飲食店に、ふらりと入る。「おすすめ」を注文する。食べる。
満足できない。
ここはこうしたら、もっと美味くなるのに。これはこう工夫しいたら、もっといいのに。
そんなことを考えてしまう。
もう、俺は、厨房から放逐された「元・料理人」に過ぎない、というのに。
コンビニの弁当を買って食べた。腹が減っているというのに、それを口にしても、添加物の味や保存料の匂いが鼻について、途中で箸が止まってしまう。
気づけば、料理のことばかり考えている自分がいた。
――もう、俺は、料理人じゃない。
そう思った瞬間、胸の奥が、ひどく痛んだ。
再就職も考えた。しかし、求人を見ても、心は虚なままだった。料理人の求人は、本当に少ない。心躍る求人など、ありはしなかった。
独立した店を構えることも考えた。だが、今の俺に、そんな気力はなかった。
次の日も、次の日も、俺は街を彷徨っていた。これから、俺は一体どうしたらいいのだろう。
全てを失った俺は、生きる目的すら見失っていた。
精神状態は、最悪だった。そんな状態でも腹は減る。
そんな時、路地裏から、心地よい香りが漂ってきたのだった。
次回予告:
匂いに惹かれて出会った屋台。その店主は師匠の友人だった。
店主は俺の事情を詮索することもなく、あら汁とおにぎりを俺に差し出した。




