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第6話:婚約破棄と追放――「古臭い料理人」の烙印。

「……本当に、やるつもりか」

会議の数時間後、俺は社長室で弟と対峙していた。

「決定事項だと言ったはずですよ、兄さん。これは解雇通知書です。受け取ってください」

弟がデスクに置いたのは、昨日までの日常を断罪する一通の解雇通知書だった。

「このホテルの格式を、効率を理由に捨てる気か!」

「違いますよ。効率化して、より格式を上げるのです。非効率で古臭い慣習は、切るべきなのです。お客様の求めていることを効率よくこなし、提供する。それこそがこのホテルの『格式』ですよ、兄さん」

弟の冷たい言葉が突き刺さる。だが、追い打ちはそれだけではなかった。

「ああ、そうだ。公私混同はしたくないのですが、預かっているものがあります」

弟が差し出したのは、見覚えのある指輪だった。

「……それは、彼女の……?」

「彼女――いえ、あなたの元・婚約者さんは、非常に聡明な女性だ。今のあなたのやり方では将来がないと、私に相談しに来たんですよ。……もう連絡はつかないはずです。ブロックしたと言っていましたから」

俺は震える手でスマホを取り出した。先日、彼女と対峙したあの夜の、冷たい言葉が脳裏をよぎる。

昨日、彼女に言われたあの言葉は――

直接言われた「生理的に無理」という言葉と、弟から突きつけられた「伝言」という事実。

彼女は、俺が解雇されることを知った上で、俺よりも先に「効率のいい勝者」である弟に乗り換えていたのだ。


翌日。

俺は、最低限の荷物を片手に、ホテルの厨房を去った。見送りをするものは、誰もいなかった。料理人も、スタッフも、全員、弟に懐柔されていた。

もう、このホテルに、俺の居場所はなかった。そのことを痛感させられた。

それでも、俺は、この包丁だけは、置いていけなかった。

師匠から譲り受けた包丁。その一本だけを持って、俺は、ホテルを後にしたのだった。

やるせなさばかりが、俺の胸に去来した。


同時刻。

「私はね、『野心にあふれた男』が好きなの」

そう囁く声が、静かな社長室に溶けていった。

「総料理長になって、『安定』を選ぶ男は……つまらないわ」

元・婚約者は、新社長に向かって、そう囁いた。


次回予告:

職も婚約者も失った男が、唯一手元に残った包丁を握りしめ、路地裏を彷徨っていた。

「これからどうしたらいい?」男の目は虚になるのだった。


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