コスモス
11月中旬、群れの姉妹たちからコスモスを見たいという話があった。それで水曜日の午前中の伝道活動の後、伝道活動に参加した人で農業公園に行く企画をした。車は二台。一台は40代の主婦の姉妹の車でもう一台は僕の軽自動車だ。とはいえ、11月も中旬に差し掛かっているのでコスモスはすでに散っているかもしれないが、そういうことはあまり重要ではないらしい。皆でどこかに行って気分転換をしたいということなのだろう。みんな楽しみにしている。今僕が所属している群れには若い姉妹が一人いる。千尋という名前からちーちゃんと言われているその姉妹は、少しやせ気味でストレートな髪が顎のラインまである、かわいらしい娘だった。性格もよく、何も悪いところがないのだが8つほど僕より歳が下だった。
長老を目指す僕はどうしても周りの目を気にしてしまうところがある。29歳の奉仕の僕の兄弟はどう行動したら人から良く思われるだろうか、とか真面目に考える。それはこの宗教で、奉仕の僕や長老に推薦される人は人からの評判が良くないといけないからである。良い特質は人の表面に現れており、資格のある長老がそれを観察し、推薦するかどうかを決めるとある。それで、僕が21歳で開拓者になったばかりの姉妹に熱を上げていたら周りの兄弟姉妹はどう思うだろうとか、そうなれば長老の推薦に影響が出るなどと考えてしまう。本当はくだらないことだとは分かっているが、実に人のうわさは広がりやすい。この集会は100名ほど成員がいて、集会のうちでも大きい方なのだが、それでも世間は狭い。それでどうしても臆病になってしまうのだ。
とはいえ、なぜちーちゃんを意識してしまうかというと、それは2年ほど前に遡る。それはまだ僕がこの集会に来て半年くらいしか経っていないころのことで、日曜日のお昼に食事招待があった。何の食事招待だったかは覚えていない。若者がたくさん集まっており、食事の後会話を楽しんでいた。僕も程よく会話に参加して楽しんでいたが、ふと目をやると、若者の陰で寂しそうにしている女の子を見つけた。5歳くらいだった。その子はまだ信者ではない女性の子どもで、誰とも話しが合わず、おとなしく座っているのだった。その集まりに来ているのは独身者も多かった。それで小さな女の子まで気が回らなかったのだろう。
僕は高橋兄弟と子どもたちの世話をしていたことがあるので、子どもの扱いには慣れていた。そして子どもの寂しい気持ちにも敏感だった。
「少し、公園に行く?」
僕は女の子に声をかけた。
「いく。」
女の子は嬉しそうに答えた。
それで僕は近くの公園で女の子が乗ったコマ付きの自転車を押したり、ブランコを押したりしていた。するとそこへちーちゃんがやってきたのだ。普段はちーちゃんがこの女の子の話し相手になっている。その日に限ってあまりに若者同士の会話が楽しく、女の子の存在を一瞬忘れてしまったのだろう。ちーちゃんは優しい子なのだ。
「いた。」
ちーちゃんは僕たちを見つけてそう言った。それから女の子と遊びながら僕はちーちゃんと結構話しをした。何を話したかはあまり覚えていないが、一つだけ覚えていることがある。なぜか僕とちーちゃんはお互いの年齢の話しになっていた。
「8歳は結構離れてるよね。」
僕は何も考えずに言った。その時の僕は27歳、ちーちゃんは19歳。僕からすればちーちゃんは可愛らしいただの女の子だ。
「8歳なんて全然関係ないよ。」
ちーちゃんは笑いながら言った。その時のちーちゃんが少し大人に見えた。
あの時、ちーちゃんが僕に好意を持っていたかは分からない。それからも、もしかしたらと思うことは数回あった。ただ、僕はあまり考えないようにしていた。奉仕の僕になる前は奉仕の僕に推薦されたい一心だった。今は長老を目指している。神に仕えたいという気持ちは本物だ。それで、今恋愛に気を奪われるのはまずいのだ。だけど正直寂しいというのもある。一人暮らしを始めてもう5年だ。家の玄関を開け、中に闇が延々と広がっているのを見るとき、どうしようもない孤独感に苛まれることがある。
当日、空にはすじ雲がきれいに広がっていた。思っていたよりもコスモスは咲いていた。白いものや薄いピンク、濃いピンクなどよく見ると一つ一つの花の色は違っていて花に特別な感情を抱いていない僕でも楽しむことができた。それから主婦の姉妹たちと会話をしたり、写真を撮ったりした。写真は主婦の姉妹とコスモスを一緒に撮ったり、コスモスだけを撮ったりする。あとで画像データを加工して良い聖句を入れて印刷するためだ。それを集会場や群れの伝道活動の集合場所で配る。これが本当に喜ばれる。皆が喜ぶ顔をみると僕まで嬉しくなる。もちろん、ちーちゃんとの会話も楽しんだ。女の子の2年は大きい。あの頃よりちーちゃんが大人になったように見えた。
2時間ほどコスモスを楽しんだ後、皆で大きなチェーン店のラーメン屋に行った。1日楽しかったが、水曜日は伝道活動に費やす時間が多い日なので、2時間しかできなかったのが少し気がかりだ。また明日から頑張らないと。