窓際・オア・ブラック
少し長いです。あと、最終回です。
ソーン砦の再建は、わずか二か月のうちに成し遂げられた。宮廷魔術師をほとんど総動員することにより、大勢の人を集めることも、大量の資材を準備・投下することもなしに短期間で再建することができたらしい。
らしいというのは、俺はシルヴィエからそうした知らせを受け取ったに過ぎないからだ。水竜の封印がなされた一週間後には、俺は辞令を受けて異動となったため、ソーン砦の再建をこの目で見ることは叶わなかったのである。
異動先は、北側国境防衛の要衝であるヘデラ砦。ブリカ帝国を併合する際に建設された古い砦だ。役職はまさかの長官。東側国境での手腕を見込まれて、病による急死を遂げた前長官の穴を埋める形での異動だ。認められる手腕なんて俺にはないと思うんだが、軍本部の、特に中佐からの命令に逆らえる俺ではない。
長官というのは責任ある立場であるが、前の職場であるソーン砦の長官は適当な人だったし、俺でも何とかなるだろうと踏んでいる。実際、働き始めてこの一か月は何事もなく済んでいる。
こうして再び国境警備隊員として過ごしてわかったのは、やはり窓際部署で相違なかったということだ。このヘデラ砦も、侵攻を受ける前のソーン砦と負けず劣らずの窓際部署っぷりである。長官が俺になった以上、この傾向はさらに強まること間違いなし。みんな、俺についてこい。ともに窓際道を究めようではないか。
北方でも寒さが和らぎ、北方用のコートもいらなくなった。空はいつものように曇っているが、風は穏やかで、ひんやりとした空気が心地よい。紆余曲折を経て手にした二度目の窓際ライフ、今度こそ存分に楽しませてもらおう。
「ああー、最高だ。暇って最高」
「長官にはすごい人が来るって聞いてたから身構えてましたけど、損した気分ですよ」
俺の独り言にケチをつけてくるのは、ともに今日の警備を担当するジャックだ。明るい茶髪がどこかロックを思わせるが、あいつほどバカではない。
それどころか、こいつは見所のあるやつだ。どういった点が見所かと言うと、スローライフを送るために自ら国境警備隊への異動を志願していた点だ。つまり、窓際道をともに志す者である。
彼は貴族出身でないゆえ、国境警備隊への異動は俺よりもはるかに簡単だった。本当に羨ましい。さらに言えば、副長官や長官といった責任ある職に就かなくて済んだというのも羨ましい。
だが、今はともに窓際部署でともに研鑽を積む身。切磋琢磨することはあれど、羨むことはよしておこう。窓際というのは、そうしたしがらみから解放されてこそ、その自由を謳歌できるのだから。
昼過ぎになると、徐々に雲が分厚くなり、辺りに冷たい風が吹き始めた。コートを置いてきたのは失敗かもしれない。身体を温めるべく腕をさすっていると、隣から衣擦れの音。なんとジャックがコートを着ているではないか。
「おい、なんでコート持ってるんだよ」
「こういう天気になるのは読めてましたからね。準備してたんですよ」
寒さというのは、共有者がいれば長く耐えられるが、共有者がいなければ耐えるのが格段に難しくなる。特に心の冷えがすごい。
いや、こんなところで屈してはならない。俺は窓際道を究めるのだ。ならば、外が寒いときに取る行動はコートを着ることではない。
「冷えてきたし、そろそろ俺は中に入ろうかな」
「え、それはズルいですよ!」
「知らん。コートまで持ってくるようなやる気のあるやつだけ警備をしておけばいいんだ」
「ちょっと、敵が攻めてきたらどうするんですか!」
「敵? 今までそんなのが姿を見せたことがあるというのかね」
俺の反論に狼狽えるジャック。無理もない。このヘデラ砦もかつてのソーン砦と同様、一度も攻撃を受けたことがないのだから。
しかし、ジャックはすぐに冷静さを取り戻した。その口元には笑みすら窺える。
「確かに、この砦は攻撃を受けたことがありません。ですが、同様にほんの数か月前までは攻撃を受けたことのなかったソーン砦は、木っ端微塵にされてしまったと言うではないですか!」
「あれは攻撃というより、自然災害だろ。我が国の転覆を招こうとした何者かの仕業だという証拠は見つかっていないんだから」
「だとしても、砦に危険が訪れたことに違いはないでしょう。そうした危険をいち早く察知するのが我々の役目。そうではないのですか!?」
「なるほど。一理ある」
俺は静かに頷いた。それを見てか、ジャックはしたり顔。実に腹の立つ顔だが、きっとこの顔も数秒後には醜く歪むことだろう。
「お前が仕事に熱心なのはよくわかった。長官として、その熱い気持ちに応えないわけにはいかない。お前のシフトを増やしておくこととしよう」
「なっ……図りましたね!?」
「何のことかさっぱりだ。では、俺の分まで警備を頼んだ」
「そ、そんな……」
冷たい砦に膝をつき、俺を引き留めるために墓穴を掘ったことを嘆くジャック。その姿を見届け、俺は踵を返した。
まず俺は、昼食を済ませた。警備の交代のタイミングは昼をかなり過ぎるため、腹が減るのだ。今日はそれより前に抜けてきているんだけどね。
その後は自室である長官室に戻り、今日の残りの時間は何をして過ごそうかと思案に耽ける。時間がありすぎて、できないことなどない。悩むけど――
「失礼します!」
長官室の重厚な扉が勢いよく開け放たれる。ノックもないし、扉が勢い余って壁にぶつかるし、なかなか無礼なやつだ。しかし、窓際部署は心を大らかにしてくれる。こんなことでは怒りの欠片も湧いてこない。
「どうしたんだよ。そんなに急いで」
「宣戦布告です」
あまりにもあっさりと告げられたため、俺は頭と心が追いつかなかった。俺がボーっとしていると、報告に来た名も知らぬ隊員は勝手に話を続ける。
「たった今、敵軍から使者が参って宣戦布告をすると告げました。ブリカ帝国の亡命政権が挙兵したようです。旧ジャミ王国領で組織されていた反乱軍がそこに加わり、連合軍を成したとも」
俺は旧ジャミ王国領の反乱軍について、誰にも話していない。ということは、これが虚偽の報告である可能性は低い。この報告が虚偽でないとなると……戦争が始まる。
戦争が始まれば、ここは一気に前線と化すだろう。ここは今回挙兵したというブリカ帝国の領土を奪ってたてられたものだし、敵の使者が訪れたのもここなのだから。
「で、いつ攻めて来るんだ」
「一時間後です」
「一時間後!?」
「すでにこちらも使いを送ったのですが、すぐに引き返してきました。その者の報告によると、魔術師の装備をした一万ほどおり、近づいたら魔法攻撃を受けたと」
「交渉の余地なしかよ」
「負けてもともとといった感じでしょうか」
「かもしれんな」
魔術師一万。一昔前なら、この世界を支配できるほどの戦力だ。しかし、今は違う。
「魔砲を全門準備しろ」
「はっ」
ソーン砦再建設の合間を縫って、シルヴィエと団長が共同開発した新兵器「魔砲」。魔法陣の進化系とも言えるもので、魔法の威力調整、軌道誘導、連射速度向上、省魔力化を可能にした。もちろん、魔法陣と同様に非魔術師でも容易に使える。これさえあれば、砦の人員だけでも容易に一万人の魔術師に対抗できる。
試験用にシルヴィエがここに配置してくれたものだが、こんなにも早く実践投入されることになろうとは思いもしなかった。
指揮を執るべく、俺は席を立った。午後からはゆっくり本でも読もうと思ったのに、余計な仕事が入ってしまった。午前も午後も俺を働かせて、どこが窓際部署だと言うのか。
「窓際部署って聞いてたのに、めちゃくちゃブラックじゃねえか」
俺の呟きを聞いた者は、おそらくいない。
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前書きにもあった通り、最終回です。まだ書きたい話はありましたが、とりあえず区切りをつけさせていただきます。その日に書いてその日にアップしたのがほとんどで、それゆえ誤字脱字、文法、用法チェックなども甘く、読みづらかったかと存じます。それでも、もしここまで読んでくださった方がいれば、お礼申し上げます。
今後も投稿すると思うので、覗きに来ていただけると嬉しいです。本当にありがとうございました。
(こういうのって、活動報告でやるんですかね。長文失礼しました)




