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別れ

 見慣れたいつもの光景はなかった。異動当初の俺にこの光景を見せても、これが数か月後のソーン砦の姿だとは信じないだろう。それくらい変わってしまっている。

 

 正門があったはずの場所には瓦礫がまとめてある。数時間前までソーン砦の一部であったそれらは、砦の威厳を思い出させるかのように巨大だった。それにしても、こんなに巨大な瓦礫を誰がどうやってまとめたというのか――

 

 その疑問をまともに検討する前に、俺の思考は中断された。シルヴィエが「お兄様」と声を上げて、瓦礫の山の麓からこちらに駆けてきたからだ。

 

 俺は竜車を降りて、シルヴィエを迎えた。軽く息を弾ませ、長い戦いの後とは思えないほどに輝いた目で言う。

 

 「お兄様、お目覚めになったのですね!」

 

 「ああ、ついさっきね」

 

 「ラヴさんに治療していただいた後、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたので長くなるかと思っていたのですが、早くお会いできてよかったです」

 

 「そうだったのか。どうりで」

 

 俺は腹が減っているくらいで魔力切れの症状も火傷の一つもないし、シルヴィエがやたら元気溌溂なのにも納得がいった。

 

 「砦にはこれだけの被害がありましたが、住民の皆さんには負傷者の一人もありませんでした。これもお兄様のご判断があってこそだと思います」

 

 「その判断がもっと早くできていれば、三人を亡くさずに済んだんだがな」

 

 「それは……確かにありえたかもしれません」


 結果論だと言って、俺の言葉を否定するのは簡単だ。しかし、そうした易きに流れないのは、シルヴィエの誠実さを物語っている。


一瞬だけ俯いたシルヴィエは、顔を上げて言葉を継いだ。


「この国に命を捧げた彼らのためにも、私たちはこの国を守っていかなければなりませんね」

 

 「そうだな」

 

 会話を切り上げ、俺とシルヴィエは瓦礫のもとに集まって会話をしている集団を目指して歩き始めた。ピーちゃんはガラガラと竜車を引きずってついてくる。かわいい。

 

 砦の数人と王宮魔術師団が集まっている。少し外れたところには、瓦礫に腰掛けるフェイロンがいた。これだけ巨大で多量な瓦礫をまとめたのはフェイロンかもしれない。この場でそれができそうなのは、あとは長官くらいのものか。

 

 俺たちがみんなのもとに辿り着くと、フレイが最初に口を開いた。

 

 「来たな、エル坊」

 

 「え、エル坊?」

 

 聞き馴染みのない呼び名に、思わず聞き返してしまった。

 

 「ケイの弟ってことは、私より年下だろう? そう呼ばせてもらうことにした」

 

 「はあ、何でもいいですけど」

 

 不名誉な呼び名でもなかったため、俺は抵抗することなく受け入れた。すると、シルヴィエがニコニコというより、ニヤニヤした顔で言った。

 

 「フレイはお兄様を気に入ったようですね」

 

 「ああ。水竜の鼻の穴に火球をぶち込むような頭のおかしいやつは大好きだ!」

 

 「気に入ってもらえたのは嬉しいですけど、理由が嫌ですね」

 

 王宮魔術師団副団長に気に入ってもらえるとは光栄なことだが、理由が嫌すぎる。そんな理由で人を気に入るなんて、あなたも頭がおかしい。

 

 「おいおい、そう言うなって!」

 

 戦闘時のような凛とした態度は失せ、荒っぽい口調で俺に絡んでくる。普通に面倒くさい。酒とか飲んだらもっと面倒だろうな。これなら気に入られない方がマシかもしれない。

 

 その後、団長やアネモネ、長官とも言葉を交わした。団長は相変わらず飄々としたおじいさんだった。アネモネはいつものように儀礼的な挨拶だけで、長官に至っては酔っていて何を言っていたかわからなかった。良くも悪くも、いつも通りだ。むしろ、こんないつも通りを守ることができたのだと実感できたと言えるかもしれない。

 

 話も一段落したところで、俺はフェイロンのところに足を向けた。俺が砦を放棄する決断ができたのはフェイロンのおかげだし、今回の成果をもたらしたのはフェイロンだと言っても言い過ぎではないだろう。そんなフェイロンに、俺は礼を言いたかった。

 

 「ありがとう。フェイロンのおかげで、住民は怪我をすることもなかった」

 

 「実際に行動を起こしたのはお前だ。まあ、礼自体は受け取っておくがな」

 

 「そうしてくれると嬉しいよ。――で、なんでこんなところにいるんだ? まさか砦の再建に協力してくれるわけでもないだろ?」

 

 俺はフェイロンの姿を認めてからの疑問を口にした。我が国の人間でないフェイロンがここにいるのは、やや不自然である。

 

 「わかっているんじゃないのか?」

 

 薄く笑みを浮かべ、フェイロンは質問に質問で応じた。確かにフェイロンが言う通り、心当たりがないわけではない。

 

 「帰るんだな」

 

 「少し違う」

 

 雰囲気出して答えたのに、即座に否定されてしまった。ちょっと恥ずかしい。

 

 「俺に帰る場所はない。また旅に出るだけだ」

 

 「また武者修行ってやつか?」

 

 「いや、ソルティシアであった土地に残っているであろう《悪魔の塩》を消し去ってくる」

 

 「そうか」

 

 フェイロンの旅の目的は、全く思いもよらぬことで、すぐには上手い反応ができなかった。だが、故郷を滅ぼしたものを滅ぼしに行くと言うのは、水竜を封印した今の俺には理解できる気がする。

 

 「気をつけろよ」

 

 「そうだな。今回の水竜みたいな化け物には出会いたくないもんだ」

 

 「相変わらず冗談がつまらないな」

 

 「冗談のつもりで言ったわけじゃない」

 

 沈黙。フェイロンとは長く会話が続いたことがない。相性が悪いというわけじゃないだろう。ただフェイロンが口下手なんだと思う。俺のせいじゃない。

 

 言葉なしに、フェイロンは瓦礫から降りて背を向けた。そのまま平原へと歩みを進める。練魔によって魔力を高めているのが感じられる。おそらく、数秒後には遥か地平の先に消えてしまうことだろう。

 

「帰って来いよ」

 

 俺が言ったのとほとんど同時に、フェイロンの姿は見えなくなった。


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