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封印

少し遅くなりました

 うーん、寒い。毛布はどこだ。目を瞑ったまま辺りを探っても、それらしきものは見つからない。というか、手にシーツが触れる感触すらない。枕もなければ、そもそもベッドもない。ベッドもないってことは床に寝かされているのかと思いきや、床だってない。

 

 床がないということに気づいて、俺はようやく異常事態に見舞われているということに気づいた。目を開ける。視線を右に左に動かすと、月が目に入った。とても綺麗で、やけに大きく見える。

 

 さて、いかに間抜けな俺といえど、そろそろ自分の状況がわかってきた。俺は今、空中にいる。どうりで寒いし、毛布も枕もベッドも床もないわけだ。月が徐々に近づいてくる感じからして、さらに上空へと向かっているらしい。

 

 そして、重力からの解放を感じた刹那。俺の身体は、ほぼ垂直に落下を始めた――

 

 「ぎぃやああああああああ!」

 

 訳のわからぬ状況に、俺は心の底から絶叫した。ぐんぐんと落下速度が上がっていき、瞬く間に地面が近づいて来る。いや、落下に伴う空気抵抗で瞬きすらままなっていない。それゆえ、「瞬く間に」という表現は適切ではないだろう。

 

 人間というものは、訳のわからぬ状況下では、訳のわからぬことを考えてしまうらしい。そんなことを考えている間に、もう地面は間近だ。


 死ぬ。確実に死ぬ。魔纏が発動されている感覚があるが、いくら魔纏を使っていてもこれは死ぬ。


 終わりを覚悟したとき、首の後ろが何度かつつかれた。直後、身体が後方へ強烈に引っ張られた。隊服の襟によって首が締まり、呼吸ができない。急速に意識が薄れていく。


 死力を振り絞ってジタバタしてみると、すっと身体が軽くなった。呼吸にも障害はない。ジタバタしたらどうにかなるものだなあ。

 

 またもや何が起きたのかさっぱりだが、命は助かったらしい。ちょうど魔纏が切れた感覚があったし、本当に命拾いした。

 

 その後、俺はゴルドンの飛竜から地面に降ろされた。俺を助けてくれたのは、ゴルドンだったのである。もちろん感謝はしているが、飛竜の爪を隊服に引っ掛けるという雑な救助方法には文句を言ってやりたい。

 

「エルさん、無事でよかった!」

 

 俺を地面に降ろすなり、自分も地面に降り立ち、喜色満面といった様子で俺の手を握るゴルドン。ゴルドンはイケメンだし、俺が女なら絵になるシーンなのかもしれない。

 

 すぐに返事をしようと思ったものの、魔法による高温で喉が焼けてしまったのか、声が出にくい。

 

 「た、助かったよ」

 

 呼吸が落ち着いてから、俺はガッサガサの声でそれだけ絞り出した。ゴルドンはいけ好かない微笑みを浮かべる。

 

 ほんの少しの間を置いて、ゴルドンは状況説明を始めた。

 

 「水竜が吐き出した大量の水とともに、エルさんは上空へ打ち上げらたのです。体内に魔法を食らって、さすがの水竜も驚いたのでしょうね。今は団長、副団長、シルヴィエさんが封印を試みている最中です。危ないので、我々は離れましょう」

 

 「おう」

 

 俺が答えると、再び飛竜に乗せられる。地面に降ろしたのは、俺が立って歩ける程度の体力が残っているかの確認だったらしい。正直、魔力切れで吐きそうなんだが、そんなことを言っていられないのが現状だ。

 

 空に上がると、頭部を真白な蒸気に包まれた水竜が目に入った。その周りには、三つの点。ゴルドンが言っていた通り、あの三人が封印を試みているのだろう。


 水竜は進むことなく、その場に留まっているように見える。体内にあんな大魔法を浴びては、さすがにあの巨体にも相当のダメージがあったということか。実は、もう息絶えているとかないかな。

 

 そんな俺の淡い期待は、一瞬のうちに打ち砕かれた。誰が放ったものかはわからないが、空を走った雷魔法を浴びて、首や尻尾を振り回している。あれはどう見ても死んではいない。何度かそれが繰り返される。

 

 飛行速度を緩めたゴルドンは、その様子を見ながら言った。

 

 「封印まであと一息といったところですかね」

 

 「まだ足りないのか」

 

 「いえいえ、これだけ追い詰められていることが奇跡みたいなものですよ」

 

 「そうか」

 

 声が出にくいため、俺は最低限の言葉で答える。

 

 王宮魔術師であるゴルドンをして、この状況を奇跡と言わしめるだけの強さ。あの巨大水竜の恐ろしさを改めて思い知らされた。圧倒的弱者である俺には、あまりに力の差がある水竜の強さを適切に評価することすらできていなかったのであろう。


 そうなると、俺が水竜の口に飛び込めたのは、あいつの強さがよくわかっていなかったからだと言える。逆に、王宮魔術師たちは水竜の強さを俺よりも理解しておきながら、その足止めや封印に臨んでいたのである。本当に頭が上がらない。


 「もう少し近づけないか?」

 

 「え、危ないですよ?」

 

 「あの三人の仕事を見届けたいんだ」

 

 「それは同感です」

 

 いつもならさっさと安全圏に逃げるところだが、彼らの覚悟を見届けねばならぬ気がした。ゴルドンの同意を得、飛竜で引き返す。

 

 繰り返される雷魔法。それを受けて暴れる水竜は、超高威力で水弾を発射し、応戦している。華麗な飛竜操作で、誰一人としてそれを食らうものはいないものの、食らえばひとたまりもない。彼らの下で木っ端微塵になっている木や岩を見れば、それは明らかである。

 

 唾すら飲み込めないような緊迫感の中、辺りが徐々に白んできた。これまでよりもはっきりと水竜と三人の姿が見える。

 

 どれほどの時間が経ったかはわからないが、俺は三角形で水竜を囲うような位置についている三人から鈍い光が放たれていることに気づいた。朝日の光かと思いもしたが、そうではない。その光が強さを増し、巨大な水竜の身体を包んでいく。

 

 東の地平から朝日が姿を見せたのとほとんど同時だった。ひと際強い光が放たれたと思うと、次の瞬間には水竜の姿が消えていた。


 封印に成功したのだ。


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