表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/156

閑話 リュー・エクレールの最期

投稿する機会を逸しそうだったので、リューの話を入れます。

 上手くいった。これでやつらに一矢報いれるかもしれない。すでに王亡き今、こんなことをしても自己満足でしかないというのに、私の中にはそんな俗世的で浅ましい思いしかなかった。

 

 遠くに見えるリヴァイアサンの巨体の大部分はいまだ湖の中だが、頭の大きさから推測するに全長で最低でも二〇〇メトルはあるに違いない。あれが動くだけでも、周辺環境に相当な被害をもたらすだろう。なんて私に都合のいい存在なのか。

 

 湖面に近い位置にあった頭が勢いよく持ち上がる。予想よりはるかに首が長い。というより、首と胴体の区別がつきづらい。蛇によく似た形状をしている。形の上で蛇と違う点と言えば、巨大な翼が生えていること、前脚があることくらいか。あとは全体が湖から出てこないと何とも判断しがたい。

 

 早くその全容を見たい。久しぶりにそうした知的好奇心が湧き上がってきたとき、私の望みとは裏腹に、リヴァイアサンはその長い首を湖に戻してしまった。辛うじて頭は覗いているが、逆に言えば頭しか見えない。

 

 なぜだ。これからというときに。思い通りにいかなかったことに対する子供じみた怒り。それを自覚すると、卑小な自分にすら怒りが湧いてくる。

 

 しかし、リヴァイアサンアが首を引っ込めた理由がわかると、私はその怒りの矛先を変えることになった。その矛先とは、やつらだ。

 

 リヴァイアサンの頭近くで炎が煌めいているのが見えた。おそらく、ピスカ湖砦かピスカ湖の西岸の長城から魔法攻撃を受けている。それを躱すために、リヴァイアサンは首を引っ込めたのだ。国境付近に常駐している魔術師でも、リヴァイアサンを押し戻すだけの力を持っているというのは、やはり恐るべき軍事力。

 

 と思ったのも束の間、リヴァイアサンの頭から数百メトル離れたところに出現した細長い物体が湖面を叩きつけ、激しい水しぶきを引き起こした。あまりにもその物体は長大だったため、最初は別の魔物が現れたのだと思った。だが、それはリヴァイアサンの尻尾だったのである。

 

 幾度となく尻尾を振り回す。リヴァイアサンまではキロ単位の距離があると思われるが、湖を叩く轟音は私のところまで届いていたし、霧のようになった水しぶきは風に乗って衣服や髪を湿らせた。

 

 それが止まったころには、魔法攻撃と見られる閃光は一つも起こらなくなっていた。尻尾を打ちつけられ、砦や長城は破壊されてしまったのだろう。ただでさえ遠くて見えない対岸は、夜となってしまった今や確認しようもないのだが。

 

 「動き出したな」

 

 首を下げ、低い体勢で進み始めたリヴァイアサン。辺りが暗くなったせいでわかりづらいが、水面から出た頭が南へと進んでいる。

 

 「どこを目指しているというのか」

 

 そう口に出してから気づいた。ここから南にあるといえば、ソーン砦だ。このまま直進を続ければ、ソーン砦を破壊してくれるかもしれない。破壊までいかなくとも、損傷を与えられるかもしれない。

 

 「見届けなければ」

 

 寝ていた馬を立たせ、それに跨る。リヴァイアサンはそれほど高速で動いているわけではない。この馬なら十分ついて行けるはずだ。

 

 湖畔を行き、リヴァイアサンに並走する。疲れは吹き飛んでいた。王の生前の野望が果たされうるこの状況に、これ以上ないほど興奮いているのだ。

 

 手綱を握る手に力が入る。湖の南端近くになり、小高くなった湖畔から平地へと下りる斜面へと差し掛かる。傾斜は緩かったため、馬には速度を落とさせることなく進ませた。

 

 だが、この判断が間違いだった。馬の具合を考慮に入れていなかったのだ。ここまで長い距離をほぼ休みなく走り疲労が溜まっていたことに加え、今の今まで寒空に晒されて体が冷え切っていたことも大きな要因だったことだろう。


 霧状になった水滴で濡れた草に馬は足を取られ、私は馬もろとも斜面を転がり落ちた。馬と揉みくちゃになり、身体中を打ちつけた。最後は馬に敷かれたまま、平地まで滑り下りた。

 

 生きている。だが、動けない。身体中が経験したことのないほどの痛みに襲われ、全く力が入らないのだ。動けないなりに状況把握に努めようとも、星々が美しく輝く空と馬の尻しか見えない。

 

 「見届けなければ」

 

 王の悲願を見届けなければ。その一心で、身体を動かそうとする。だが、やはり動けない。

 

 瞼がだんだんと下がってくる。抗いようのないほどに魅力的な睡魔。本当に睡魔かどうかを考える余裕はない。瞼が下りようとしているのならば、それは睡魔だ。それでいいではないか。

 

 だが、今は寝ている場合ではない気がする。何かすべきことがあったはずだ。だが、それも思い出せない。

 

 馬の尻を見るのも飽きてきたため、どうにか頭を後傾させ、馬の尻を視界から追い出す。すると目に入ったのは、巨大な竜。あれは……リヴァイアサン?

 

 そうだ。思い出した。私はソーン砦が破壊されるのを見届けなければならない。こんなところで馬と横になっている場合ではない。立ち上がらなければ。そう思うのに、脚はピクリともしない。

 

 次第に、背中が冷たくなってきた。原因はすぐにわかった。水だ。リヴァイアサンが湖を出たことにより、湖から水が溢れ出したのだろう。

 

 身体の後ろ半分は、あっという間に水浸しになった。冷たい。

 

 冷たさは、やがて寒さへと変わった。

 

 王と出会ったのも、こんな寒い日だった。

 

 飢えて寒さに震えていた私に、御手を差し伸べてくださったあの日を忘れたことはない。あの御手の温かさを忘れたことはない。

 

 ああ、王よ。王よ。王よ……

 

 いくら呼んでも、王が現れることはなかった。


感想お待ちしております!

誤字訂正等もあれば、お知らせください。

ブクマ・評価ありがとうございます!とても嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ