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覚悟

 空飛ぶおじいちゃん。俺の目に映る状況を説明するのに、これほど端的な言葉はないだろう。とはいえ、仮に空飛ぶおじいちゃんという文字だけを見たときには、おじいちゃんが飛竜に乗って空を飛んでいるところを想像する人もいるかもしれない。


 そのため、このおじいちゃんは飛竜に乗って飛んでいるわけではない点を注意しておかねばなるまい。では、どうやっておじいちゃんが空を飛んでいるのか。答えは簡単。生身の高齢――とみられる――男性が一人で空を飛んでいるのだ。

 

 いつもの俺ならば、この訳のわからない光景を目にして困惑していたに違いない。しかし、今はこのおじいちゃんが王宮魔術師団団長であるとわかっているため、驚きは格段に薄まる。

 

 なぜなら、王宮魔術師団が常軌を逸した超人集団だと知ったおかげで、これくらいはあり得ることなのだと受け入れる下地が俺にはできているからだ。超人集団の頂点に立つ団長なのだから、これくらいのことはできるだろうと。

 

 これくらいのことで驚いていては、シルヴィエや他の魔術師にバカにされてしまうかもしれない。具体的に言えば、この程度のことはいつものことですよ、とあしらわれてしまうかもしれないのだ。

 

 そうなることを避けるため、俺は空飛ぶおじいちゃんを素直に受け入れた。そして、強化された視力でいち早くその姿を捉えた俺は、あたかもそれが当たり前であるかのように、みんなに報告した。

 

 「おじいさんが空を飛んで、こっちに向かって来てるな」

 

 「おじいさんというと、やはりこの気配は団長なのですね。それにしても、飛竜ではありえないほどの速度のような……」

 

 俺の報告に、シルヴィエは眉をひそめている。自分が飛竜で飛んできたから、団長も飛竜で飛んできたと思い込んでいるのだろう。兄として、ここは訂正しておいてあげよう。

 

 「飛竜には乗ってないぞ」

 

 「飛竜ではない? では、どうやって空を飛んでいるというのですか?」

 

 「気をつけの姿勢のまま身体を前に倒して地面と水平にして、顔だけ上げた姿勢で空中を直進して来てるけど」

 

 俺がおじいちゃんの飛行姿勢を説明すると、シルヴィエはポカンとして固まってしまった。

 

 これがどういう反応なのかわからない。驚いているのか、俺の説明が下手すぎて伝わらなかったのか、はたまた飛竜に乗らずに空を飛ぶというのが本当に異常なのか。

 

 「あ、なるほど。団長が到着して、間もなく出発することになるであろう私を元気づけるために、冗談をおっしゃっていたわけですね?」

 

 「いや、違うけど」

 

 数秒の時間を使い、シルヴィエは解答を導き出したようだが、残念ながら不正解だ。冗談を言うなら、もっと面白いこと言うし。

 

 再び黙ってしまったシルヴィエと、それを見守る俺。そうしてどれくらいの時間が過ぎたかはわからないが、それ断ち切ったのは魔術師の一人が上げた大声だった。俺とシルヴィエは、ともに声の方を見た。

 

 「な、なんじゃありゃ! おい、お前も見てみろよ!」

 

 「はあ!? 気持ち悪っ!」

 

 「うわ、団長だ!」

 

 魔術師たちは見張り台から落ちそうなほど身を乗り出し、団長がやってくる方向を見ている。その様子はどうも、普通には見えない。そして――

 

 「到着!」

 

 空中で仁王立ちしたおじいちゃんが、到着を宣言した。

 

 ――その後、話を盗み聞きしたところによると、団長のおじいちゃんは飛行魔法もどきを開発することに成功したらしい。若いシルヴィエが、新しい属性魔法を発見したことに触発されたようだ。

 

 歳を取っても研究熱心ですごいなあと感心していたんだが、魔術師が質問をしてから雲行きが怪しくなってきた。

 

 「団長、なぜ飛行魔法『もどき』なんでしょうか?」

 

 「ああ。進路を一度決めてしまうと、直進しかできないからな。まだ完璧な飛行魔法じゃないのじゃよ」

 

 「そうでしたか。――それにしても、すごい速度でしたね。飛竜よりも早いなんて。さすがは団長です」

 

 「ほっほっほ。そうじゃろそうじゃろ。実はな、自分と火薬を一緒に筒に込めて、火球の魔法陣で火薬に点火してもらい、その勢いを利用して飛んで来たんじゃよ。人間大砲と言ったところじゃな。そしてさらに、風魔法で空気抵抗を極限まで減らすことで、その速度をほとんど落とさずにここまで来ることができた。さすがはワシじゃな!」


 団長は大笑いしているが、俺たちは一人残らず沈黙した。それをどう解釈したのかは知らないが、団長は少し慌てた様子で言葉を加えた。


 「あ、自分の身は風魔法と水魔法で守ってたから、心配せんでも大丈夫じゃぞ?」

 

 ダメだ、この人。頭がおかしい。魔法に対する探究心が強すぎて、発想がイカれてやがる。

 

 なおも俺たちが黙っていると、団長は急に神妙な顔になった。さっきまで陽気だったおじいちゃんが黙ったことで、辺りに不穏な雰囲気が立ち込める。

 

 「すまん。話が逸れたな。言っておかねばならないことがある」

 

 団長がそう切り出すと、それまで呆気に取られていた俺も、集中しなければならない気がしてきた。事実、シルヴィエも含め周りの人たちは、黙って団長を見つめている。

 

 「水竜を封印するための封印具についての話じゃ」

 

 団長はなかなか本題に入らない。回りくどいと言うか何と言うか。とても言いにくそうにしている。

 

 団長は一度大きく息を吐いてから、目を見開いた。カッと見開かれた両眼には、覚悟を感じる。そこまでの覚悟をもって言わねばならないこととは何なのか。きっと、いいことではないのだろう。


 しかし、ここまで事態が窮まっている以上、聞き手である我々も、覚悟をもって団長の言葉を受け止めようではないか。


 俺の覚悟が固まった直後、団長は口を開いた。

 

 「封印具、落としてきちゃった」

 

 俺の覚悟は軽く踏みにじられた。


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