団長接近
出発から半刻ほどで、ゴルドンは連絡を寄こした。思っていたよりも早い連絡に、何か起きたのだろうかと胸がざわつく。しかし、連絡内容を読み切ってしまえば、大したことが起きていないことがわかった。作戦は上手くいっているらしい。
作戦は上手くいっているが、一つ懸念事項があるとゴルドンは記していた。フレイが水竜に近づきすぎていたことだ。十キロメトル以上の距離を空けることになっていたのに、フレイは一キロメトルほどまで近づいていたという。
そのせいでフレイを発見するのに手間取ったと、ゴルドンは若干の不満を文章に滲ませていた。それにしても、次の交代でその文章をフレイに読まれる可能性があるのに、よくそんなことが書けるものだ。まさかだけど、そのことに気づいていなかったりしないだろな。俺はどうなっても知らないぞ。
ゴルドンの連絡から一時間。俺たちのいる見張り台周辺では、砦がぶち壊されてからは、何の代わり映えもない時間が過ぎている。シルヴィエや飛竜部隊の面々にとっては、久しぶりのまとまった休息になっていることだろう。
ちょうど今は、砦から持ち出した食料をガタイのいい魔術師が一人で平らげてしまったことで喧嘩になっている。うん、平和だ。
そんな輪の中からするりと抜け出してきたシルヴィエは、俺の隣まで来ると、ちょこんと腰を下ろした。
「フレイやゴルドンさんに悪いので、早く封印具が届いてほしいところです」
「そうなったらシルヴィエの番だろ? 気をつけてくれよ」
「ありがとうございます。ですが、運搬も封印もどちらもそれほど危険は高くありませんから、ご心配には及びません」
だといいけどな、と言いかけて慌てて引っ込めた。何か不吉なことが起きそうなセリフだと思ったからだ。
「期待してるぞ」
「はい、お任せください」
変更したシルヴィエへの言葉は、いささか偉そうに響いた。それでも、シルヴィエは覚悟を感じさせる顔で、しっかりと答えてくれた。
それを見て、俺は僅かばかりの悟りを得た気がした。俺はきっと、ポンコツ貴族として、無能上司として、少し偉そうにしているだけでいいのだ。厚顔無恥だと笑われようが、それでもいい。そうやって俺のことをバカにすることによって、周りの人間が心穏やかにいられるならば、俺は喜んで道化を引き受けよう。
ゴルドン出発から五時間。再び交代の時間になったらしく、《双子の手帳》に新たな文章が書き加えられた。筆の主は、もちろんフレイである。
その内容を簡単にすると、次の二点にわけられる。一点目は、作戦は順調であるという報告。二点目は、自分への不満を綴ったゴルドンを諫めなかった俺への怒りだ。ゴルドンのせいで、俺までフレイに怒りに触れてしまった。実に理不尽なことである。
だがしかし! この場にいない者の怒りなど、恐るるに足りない。今、俺とフレイの距離は一〇〇キロメトル以上離れていて、どんな魔法も届きやしないからな。
そして、フレイがここに帰ってくるときには、あいつは水竜を封印したことの喜びで、そんな小さな怒りなど忘れているだろう。ゆえに、これっぽっちも怖くない。
「お兄様、顔色が優れないようですが……?」
「え? いやいやいや、そんなことはない」
「ご無理をされているのなら、遠慮せずにおっしゃってくださいね」
おかしい。怖くないはずなのに、シルヴィエに心配されてしまった。なんで心配されたのかはわからないけど、きっと夜が更けてきたせいで、顔色が暗く見えたんだろう。そうに違いない。
それから少し経ち、日付が変わろうかという夜の只中。最初にシルヴィエが立ち上がった。そして、僅かに遅れて他の魔術師たちも何かしらの動きを見せた。その多くは、一点を見つめるものだった。
「どうした?」
「団長の気配です。暗くて見えませんが、もうすぐ到着されるかと」
俺の漠然とした問いに答えたのはシルヴィエだった。俺が欲しい答えを明確に示してくれた。
「予定よりも随分早くないか?」
「ええ、一〇時間以上は早いと思います。ですが、あの団長のことですから、何が起きてもおかしくありません。早めにご到着いただける分には何の問題もありませんし、なぜこんなにも早いのかを考えるのは、あまり意義深い行為ではないでしょうね」
「そ、そうか」
饒舌な喋りに圧倒されながら、俺も徐々にその気配を感じ始めていた。とてつもなく大きな魔力だ。さすがにあの水竜に及ぶわけはないが、それでもシルヴィエよりもフレイよりも格段に大きい。
王宮魔術師団団長。いったいどんな人物なのか。俺も知っているのは名前くらいで、直接お目にかかったことは一度たりともない。基本的には、常に人に見えないところから王を守っており、その御身を守っているからだと言われている。
だんだんと大きく感じられるようになってくる魔力は、俺の期待感と比例する様であった。もう間もなく、視界に捉えられるのではないかと言うほどに大きな魔力。
俺は思わず魔纏を発動させて、闇夜を凝視した。とにかく早くその姿を見てみたかった。そして、強化された視力が捉えたのは、意外過ぎる姿だった。
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