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蟻の巣

 「見えてきたなア。この手で仕留められないのが残念だ」

 

 副団長らしくない、ふてぶてしい喋り方をするフレイ。こっちが本当の彼女なのだろう。周りに部下やうちの隊員がいるときには、王宮魔術師団副団長として振る舞っているというわけか。もしかして、素の自分を見せてくれるくらいには、俺って認められ始めてる?

 

 ――そんな妄想は置いておいて、思考を目の前の現実へと引き戻す。遥か北の地平線に見えてきたのは、ひょろりと長い何か。魔纏まで使って目を凝らせば、これから数十分後にはここを滅ぼすだろう水竜の姿が見える。

 

 「竜というより蛇だな、あれは」

 

 「身体に比して短いですが、腕があります。それと、退化しているものの、翼もあります。よって、ギリギリ竜です」

 

 「ギリギリ竜って初めて聞く言葉だけど、妙に納得できるな」

 

 シルヴィエは水竜に対してなかなか辛辣な評価を聞いていると、水竜が惨めにも思えてくるが、それはまだ距離があるからだ。あれを間近に見れば、逆にこちらの矮小さを思い知り、自分のことが惨めに感じられるに違いない。

 

 「なるほどなア、竜ではなく蛇と思えば、多少は気が軽くなるってことか」

 

 「あはは、そうですね」

 

 一丸となって作戦に取り組もうというときに、否定してわざわざ雰囲気を悪くすることもない。フレイの勘違いは、適当に流しておいた。満足気に頷いているフレイを見るに、俺の思惑通りにいったらしい。

 

 現在、この砦に残っているのは、俺、シルヴィエ、王宮魔術師団飛竜部隊の六人で、合計八人だけ。この中でそわそわしているのは、俺くらいのものだ。さすが、王宮魔術師団の方々、そして我が妹だ。


 俺以外にも残る国境警備隊員はいると思ってたんだが、気づいたら俺一人になっていた。連絡は《双子の手帳》――俺のものをアネモネに渡している――を使えばいいということになって、連絡要員までいなくなってしまったためだ。みんな、薄情だよな。

 

 「どれ、そろそろ行動開始と行こうじゃねえか」

 

 「いいと思います。早めに行動するに越したことはありませんから」

 

 荒々しい言葉のフレイと丁寧に対応するシルヴィエ。これでいて二人の仲は悪くなさそうなのは、お互いに魔術師として認め合っているからだろうか。

 

 シルヴィエの返答を聞くや、すうっと短く強く息を吸い、フレイは号令を掛けた。

 

 「よし、今から作戦を開始する!」

 

 フレイの号令に俺たちは頷く。もちろん、最初の行動は決まっている。それは――

 

 「各員、撤退!」

 

 「それ、言いたかっただけですよね?」

 

 「それの何が悪い!」

 

 「いえ、悪くないです」

 

 「ならさっさと撤退だ!」

 

 初っ端から撤退するという珍しい作戦ゆえに、言ってみたかったらしい。言動もそうだが、少々子供っぽい人だ。

 

 俺はシルヴィエの飛竜に乗せてもらい、フレイも他の魔術師と相乗りしている。撤退して目指す先は、西に一キロメトル付近にある四角錘状の物体。緩やかな傾斜で、その斜面は階段になっており、人間が登れるようになっている。

 

 こんなものが自然にあるわけはなく、今回のためにうちの魔術師と王宮魔術師団が協力して作り上げた見張り台兼休憩場所である。高さは砦の一番高い部分と同じくらいあり、正直、何度も上り下りするのはしんどい。とはいえ、最初の一回だけは飛竜の上から飛び降りるだけなので、体力的心配はない。

 

 

 ちなみに、中は一階建ての家が入るくらいの空間があり、雨風を凌げるようになっている。こんなときでも細かいところを作り込んでくれるとは、さすが凄腕たちだ。

 

 「こんなものまで作れるなんて、魔法ってすごいよな」

 

 「大きさだけで、形は単純ですからね。魔力さえあれば誰でも作れると思います」

 

 シルヴィエは簡単に言ってのけるが、俺には何年かかってもできそうにない。一生をかけても階段一段も作れない気がする。

 

 みんな和やかな雰囲気ながら、適度な緊張が保たれている。三〇分もすればソーン砦は瓦礫の山と化すというのに、辺りは嘘のように静かである。嵐の前の静けさというのは、言い得て妙な表現だと思った。

 

 見張り台到着から二〇分。自分の背丈ほどあろうかという構造物に近づいても、水竜は進路を変えるでも、速度を変えるでもなく、真っ直ぐ進んでいる。

 

 長城に遮られ、向こう側にいる水竜の全体像を把握することはできない。頭と首の一部が見えるだけである。水竜を直接見たシルヴィエの話によれば、全長四〇〇メトルほどもあるらしい。

 

 それから一〇分。水竜がもう砦に触れそうなほど近づいているのがよく見える。間もなく訪れたその瞬間には、あ、と短く声が出た。


 無情にも、水竜の身体が砦を押し潰す。ゴゴゴゴゴと低い音が僅かに聞こえる。昼下がりには似合わぬ豪快な土煙が上がり、それによって水竜の姿が見えにくくなった。

 

 水竜は砦を破壊し尽くすと、土煙を突き破って出てきた。ついに水竜の全身が視界に入る。デカい。桁違いにデカい。恐怖が俺の身を震わせる。

 

 蛇のような身体がうねるたび、砦の残骸が撒き散らされ、森の木々も薙ぎ倒されていく。身体が長いせいで、くねくねと動くだけで、広範囲が更地へと姿を変える。きっと、あの男の故郷は影も形も残っていないだろう。

 

 だが、水竜はこの破壊行為を意識して行っているわけではない。言うなれば、知らず知らずのうちに人間が蟻の巣を破壊してしまうようなものなのだから。

 

 「さて、終わったな」

 

 何の感慨も感じさせない口調でフレイが言った。そして、さらに続ける。

 

 「今をもって、あいつは我が国の領土を侵犯したわけだ。人間であろうとなかろうと、こんなことは絶対に許されない。ここからが、本当の作戦開始だ」

 

 「了解」

 

 俺は静かに答えた。


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