勘違い
倒れているのは一〇人程度。二人ずつ担ぎ、砦の中へと運び込む。と言っても、寝かせられるような場所まで一人で運ぶのは時間のロスなので、階段に放置する。
そのとき、階段を降りたところに避難した住民がいるのが目に入った。
「おい! 動けるのがいたら、奥までこいつらを運んでやってくれ!」
「わ、わかりました!」
俺の言葉に反応をしたのは、若い男。見覚えがある。俺のもとまでわざわざ感謝の言葉を伝えに来てくれたやつだ。こんなところで何をしているんだと怒鳴ってやりたい衝動に駆られるが、今はそんな時間すら惜しい。
「頼んだ!」
ひとまずそれだけ言い残し、まだ上にいる人たちを回収しに向かった。
俺が住民たちを避難させる間、シルヴィエはいとも容易く飛竜たちを撃ち抜いていた。紫電が迸るたび、一体か二体の飛竜が錐揉みしていく。
飛竜への攻撃は、生半可なものでは手痛い反撃を誘発する。それゆえ、反撃を許さぬシルヴィエの雷魔法は本当にありがたい。おかげで、俺は安全に倒れていた住民たちを運ぶことができた。
「シルヴィエ、終わったぞ!」
「では、お兄様も下がってください。残るっているものは、広域冷却で仕留めます」
シルヴィエはごく冷静に答えた。これから訪れる氷の世界を表象しているようだった。
俺が階段に引っ込んだのを見届けてから、シルヴィエは広域冷却術を使用した。俺がいるところにまで霜が降りほど、辺りは急激に冷え込んだ。俺だってガクブルする寒さだし、低温が得意ではない飛竜ではひとたまりもないだろう。
「終わりました」
シルヴィエのその宣言は、俺の推測が正しかったことを教えてくれた。これにて、兄妹の共同戦線は幕を閉じた。
その後、遅れてやってきたフレイも交えて、住民たちに話を聞くことになった。フレイが遅れてきたのは、結界付近に溜まっていた低位の魔物を処理しに行っていたかららしい。
向こうを代表するのは例の男。こちらを代表するのは俺。ではなく、フレイ副団長様である。ここはソーン砦なんだけどなあ。
「で、こんなところで何をしていたんだ?」
「簡単ですよ。自分たちの手で故郷を守りたかったんです。まあ、あなたたちがいなければ、守れませんでしたけど……」
「諸君は何か勘違いしているようだ」
フレイはそこで言葉を区切った。住民たちはきょとんとしているところを見ると、フレイが言う通り、甚だしい勘違いをしているみたいだ。
「まだ諸君らの故郷を守ることなどできていない。本当の脅威はこの後だ」
「え、どういうことですか? 竜が来るって聞きましたよ! あいつらを倒せば、ここは助かるのではないのですか!?」
「竜は来るが、あの程度の飛竜が脅威な訳ないだろう。あんなのとは比べものにならんくらいデカくて強いのが来る。と言っても、諸君らのような田舎者にはわからないか」
「そんな……」
男は悲痛な声を漏らした。ただ自分たちの命を危険に晒すだけに終わり、故郷を守るという点では何の意味もない行動を起こしてしまった彼らは、無力感や悔しさに苛まれていることだろう。
それにしても、王宮魔術師団の副団長に逆らうようなことがよくできたものだと、そういう面では感心してしまう。この辺境の地に住む彼らが王宮魔術師団の恐ろしさを過小評価していた可能性もあるけど、それを差し引いても勇気ある行動だ。それだけ故郷を思っていたのだと思うと、今回のような結果には同情しないでもない。
「作戦を無視したこと、この砦に残る隊員たちに危険をもたらしたこと、魔法陣を盗み出したこと。これらの罪は軽くないと考える」
「はい……」
フレイの厳しい口調に、消沈した様子で答える男。俺だったら返事すらできないくらい怖い。
「しかし、この地域は私の管轄ではないからな。このような状況下での判断は、副長官殿に任せよう」
「ええ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げるのを押さえられなかった。
まさか判断を丸投げされるとは思わなかった。だが、圧倒的実力者であるフレイがここで判断――端的に言えば、住民たちの罪を問うこと――を投げ出す必要はない。つまり、フレイは住民たちの罪を見逃そうとしているのではないだろうか。それならば、俺の気持ちも同じだ。
とはいえ、言い方は考えねばならない。軍への反逆行為を見逃したという話になってしまえば、俺まで責任を取らされることになるかもしれないからだ。
「そうですね。――彼らは魔法陣をここまで運搬する任務をこなす途中、生命の危険に晒された。必要性があったとはいえ、軍のものを勝手に使ってしまったわけだから、不問にするのは無理がある。ということで、奉仕活動一週間で手を打とうと思う」
「は?」
男はまたも惚けた顔をしている。俺の考えを伝えるには、言葉が足りなかっただろうか。魔法陣を盗み出したのではなく、俺が頼んでここまで持ってきてもらったという設定にしようと思ったんだが。
考えが伝わっていなさそうな男を見ていると心配になり、どう説明したものかと頭を悩ませていると、男はようやくハッとしたような顔をした。わかってもらえたようだ。
「寛大なご処置、ありがとうございました」
男は深々と頭を下げた。それを見て、俺はここが荒らされてしまう未来が少しだけ辛くなった。
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