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共同戦線

 「あと一〇時間ってところだな。進行速度を上げてきてやがる」

 

 日を跨いだころに単独で偵察に出たフレイは、帰還するなり渋面で告げた。その横にはフレイが先ほどまで乗っていた飛竜が控えているが、これは以前に見たのとは違う飛竜だ。

 

 シルヴィエを迎えにこの砦に来たときには、銀色の飛竜に乗っていた。フレイが出発するとき、飛竜の色が違うことが気になった俺は、そのことをシルヴィエに聞いた。返答は衝撃的なもので、スイートランドとの戦いでその飛竜は落命したのだという。

 

 長年の相棒が亡くなり、三人の仲間まで亡くなったというのに、自ら偵察を行うなんてそう簡単にできることじゃない。いや、むしろ仲間の死が無駄にならないように、自ら率先して国を守ろうとしているのかも――

 

 「おい、聞いてんのか? それだけの時間で、住民の避難や防衛線の展開は間に合うんだろうな」

 

 「き、聞いてるに決まってるじゃないですか。もちろん間に合いますよ」

 

 「ならいい。――少し休む」

 

 「承知しました」

 

 砦の中へと消えていくフレイを見送り、安堵のため息を吐く。考え事をしていて聞いていませんでしたなんて言えないから、上手く誤魔化せてよかった。

 

 フレイの帰還から一時間。住民の避難、防衛線の展開が完了したとの報告が上がってきた。作戦の変更に伴い、住民たちをさらに遠くまで避難させ、その手前に二段階の防衛線を敷くことになっていたのだが、素早く完了させてくれて助かった。

 

 「仕事が早いな」

 

 「王宮魔術師団の方々が周囲の魔物を一掃してくれましたからね。それがなければ、ここまで楽に事は運ばなかったと思います」

 

 「そういうことか。――アルバートも報告ご苦労。休んでくれ」

 

 「これでもちょくちょく休んでいるので、まだまだ大丈夫ですよ」

 

 「まあ、無理はするな」

 

 「お心遣い感謝します。副長官もご無理なさらず」

 

 「おう」

 

 報告を終えたアルバートは、頭を下げてから次の仕事に向かった。疲れを感じさせない足取りに、思わず感心してしまう。辺境勤務だというのに、よく鍛えられているものだ。


 水竜がピスカ湖を出てからすでに一五時間以上。つい先ほど訪れたかのように思われた夜は、もう間もなく去ろうとしている。時間の流れが異様に速い。

 

 時間の流れを速く感じるときは、だいたい精神が昂っているときだ。訳もなく砦内をうろついてしまうのも、きっと精神が昂っているせいだろう。

 

 ほとんどの隊員は防衛線の方に出張っているか、住民たちのところにいるため、この砦を守るのに十分な人間はもう残っていない。無人の砦を歩くと、無人の軍本部を歩いたことを思い出す。

 

 あの後すぐに呪龍が復活して、何もできずに飲み込まれて、その間に戦いは終わっていたんだよな。あのときの同じように、今も俺は何もしていない。またこのまま終わるんだろうか。

 

 「いや、むしろその方がいいか」

 

 「何がいいのですか?」

 

 「うわあ! ってシルヴィエか。驚かすなよ……」

 

 「すみません。何か考え事ですか?」

 

 「いや、仕事ないなーって思ってただけだ」

 

 「それだけ部下の方たちが優秀なんじゃありませんか?」

 

 「まあ、そうかもな。俺にはもったいないくらい優秀だ。一部を除いてだけど」

 

 「それなら、お兄様はどっしりと構えておくことがお仕事ですよ。まあ、一介の学生の意見ですけどね」

 

 こんな状況で年上を励ませる人間が、一介の学生であるはずがない。本当に俺は周りの人間に恵まれているな。親と兄二人は除かせてもらうが。

 

 「ありがとう、シルヴィエ。肩が軽くなったよ。今なら空も飛べそうだ」

 

 「お役に立てて何よりです」

 

 シルヴィエはその顔に大輪の花を咲かせた。この笑顔は、戦場のオアシスと言って差し支えないだろう。守りたい、この笑顔――

 

 「しかしお兄様、先に別のものが飛んできたようですね」

 

 「え、なに?」

 

 「野生の飛竜の群れだと思います。水竜の魔力に感化されたのか、水竜から逃げてきたのかはわかりませんが」

 

 「迎撃した方がいいのか?」

 

 「手出ししなければ攻撃を受けるようなことはないから、無視するのがいいかと。万一攻撃をしてしまうようなことがあると――」

 

 その瞬間、シルヴィエの顔が凍り付いた。一体どうしたというのか。理由はすぐにわかった。

 

 「火球の魔法陣の反応がありました。誰かが飛竜に攻撃を仕掛けたものだと思われます……」

 

 「何だって!?」

 

 火球の魔法陣は、防衛線と住民たちのもとに配備しているはずだ。それに、命に危険が迫っている場合以外は、隊員たちが俺や長官の指示なしに攻撃を開始するとは思えない。

 

 「何が起きてるんだ……」

 

 最もありえそうなのは、近づいてきた飛竜に恐怖を感じて攻撃したという線か。だが、なぜここに魔法陣があるのかという疑問は残る。

 

 「とにかく、上に行きましょう。何が起きているか確認できるはずです」

 

 「そうだな」

 

 階段を駆け上った先では、倒れている人と飛竜。空には数え切れないほどの飛竜が飛んでいる。辺りは炎に包まれており、何かただ事でないことが起きたことは明らかだ。

 

 「危ない!」

 

 悲鳴にも近い声。直後、紫色の光線が迸る。その行方を見ると、一体の飛竜。雷魔法が直撃したようで、砦の下へと落ちていく。

 

 「助かった!」

 

 シルヴィエへの感謝もそこそこに、俺も魔纏を発動させる。妹に守ってもらうだけでは、兄失格だ。

 

 「動けるやつは砦の中に避難しろ!」

 

 俺の声を聞いてくれたのかはわからないが、ぞろぞろと人々が砦の中へと消えていく。服装から察するに、この辺りの住民と見て間違いないだろう。なんでこんなことになっているのかはわからないが、それを考えるのはあとだ。

 

 「シルヴィエ、飛竜は任せた! 俺は倒れてる人たちを回収する!」

 

 「わかりました!」

 

 シルヴィエは一切の迷いを窺わせない返事が聞こえた。久しぶりに兄妹の共同戦線といこうではないか。


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絶望エンドにしようと思ってましたが、やめました。

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