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作戦変更

 砦を発った魔術師が戻ってきたのは、出発から三時間後のことであった。戻ってきたのは、四人のうちたった一人ではあったが。

 

 「今、何と言った?」

 

 「アメリア・アクアスミス、オリヴァー・ウルフィル、マイルス・クラークの三名は、水竜の攻撃によって死亡したと……」

 

 「そうか。あいつらが安らかな眠りにつけるよう祈っておこう」

 

 上まで登ってきて報告を聞いたフレイは、長めに息を吐いたくらいで、それ以上の動揺らしい動揺は見せなかった。

 

 彼らとは顔を合わせただけの俺の方が、よっぽど動揺してしまっているくらいだ。人が死んだこともそうだし、我が国でも指折りの魔術師である彼らでも命を落とすような危険が迫っていることも、小胆な俺を動揺させるには十分すぎた。

 

 報告を終えた魔術師が去ると、フレイは俺の方に向き直った。

 

 「これでより一層、足止めは難しくなっちまったな」

 

 「はい。ですが、足止めだけが我々の勝利ではないかもしれません」

 

 「どういうことだ。三人の死を無駄にする気か?」

 

 こちらを睨みつける紺に近い瞳は、怒りを滲ませていた。下手をすれば、雷魔法に身を貫かれて殺されるのではないかと思わされる。

 

 しかし、これ以上の死者を出さないためにも、柔軟な作戦変更は重要なはずだ。わざわざフレイの神経を逆なでするようなことはしたくないが、ここで俺が進言しないわけにもいかないだろう。

 

 「むしろ、三人の死を無駄にしないためにも、当初の作戦に縛られてはならないかと」

 

 「私の視線にも折れないか。腑抜けかと思ってたが、見当違いだったようだ」

 

 「いえ、私は腑抜けですよ。ただ、妹にカッコ悪いところを見せたくないだけです」

 

 「そりゃア難儀な話だ。お前の妹は、この国で私の次にカッコいい女だからな」

 

 あの報告を聞いてから、初めてフレイの口角が上がった。シルヴィエは相当気に入られているらしい。兄としては誇らしい気持ちになる。しかし、逆に兄として聞き流せないこともある。

 

 「シルヴィエの方がカッコいいですよ」

 

 「あまり調子に乗るな。さっさと本題に入れ」

 

 「あ、はい。申し訳ありませんでした……」

 

 我が妹よ。弱い兄を許してくれ。

 

 気を取り直して、俺はフレイにフェイロンの仮説を一通り説明した。フレイは難しい顔をしている。

 

 「確かに、スイートランドとソルティシアを屈服させた今、我が国へ攻撃を仕掛ける組織はないだろう。だからと言って、国境防衛の要であるここを捨て去るのは……」

 

 フレイに対しては豪快な印象を持っていたが、考えることは至って堅実だ。

 

 「住民と隊員を避難させてしまえば、あとは厄災が過ぎるのを待つだけです。砦とその近隣が損害を被ることは避けられませんが、これ以上の人命が損なわれるよりは――」

 

 「だったら、最初からそれを狙った作戦を上げてきてもらいたかったものだが」

 

 俺の声を遮り、再び険しい目つきで睨むフレイ。今度は言い訳もできない正論であるため、受け止めるしかない。

 

 そう覚悟を決めてはいたものの、意外にもフレイは前言を撤回した。

 

 「いや、すまんな。結果論を語っても意味はないのはわかっているんだ。ただ、あいつらが死んだことが悔しくてな。これは八つ当たりだ。深い意味はないから許せ」

 

 八つ当たりを許せとは、これまた横暴なことだ。とはいえ、フレイの気持ちがわからないわけでもない。ここは甘んじて受け入れよう。

 

 「今は疲れているでしょうから、部屋でお休みになってください。こちらからお声掛けさせていただくので」

 

 「悪いが、そうさせてもらおう」

 

 俺の提案に素直に乗ったフレイは、すぐに階段を降りて行った。二つの国を落とし、それからすぐにこんな事態になれば、肉体的にも精神的にも披露しているはずだ。しっかりやすんでもらおう。

 

 同じことは、シルヴィエにも言える。フレイから了承を得た今、シルヴィエが魔法陣作成を続ける理由はなくなった。これ以上の負担を与えるのは本意ではないし、シルヴィエにも休んでもらいたい。

 

 その後すぐに、新たな作戦は隊員たちに周知された。住民たちにも説明も迅速に行われた。予期していた通り、隊員・住民ともに反対意見は多かったが、フレイの一言で静まった。王宮魔術師団副団長の名は伊達ではない。

 

 俺とはずいぶん違う対応にわずかな不満を抱きながらも、彼我の権力差を考えれば仕方ないものだと考え直した。俺にそんな権力があれば不正をしまくるだろうし、我ながら自分に権力がなくてよかったとすら思う。

 

 話が終わったころに起きてきた長官には、アネモネが懇切丁寧に説明してくれた。説明を聞いた直後は、見たことないくらい縮こまってしまっていた。長年に渡って長官を務めてきた砦がなくなってしまうというのは、いつも愉快そうにしている長官をも悲しませる出来事らしい。

 

 「本当に、これでよかったんでしょうか」

 

 「それは誰にもわからない。正直、逃げの選択肢であることは否めないしな。だけど、人命を最優先するならこれしかないと思う」

 

 「そうですよね」

 

 魔法陣を作る必要がなくなり、綺麗に片付けられた副長官室にて、俺とシルヴィエは机を挟んで向かい合っていた。

 

 先ほどから似たようなやり取りを繰り返している。シルヴィエには、自分が魔法陣を完成させられなかったがゆえに、作戦が変更されたと思っている節があるらしかった。

 

 まだ一六歳の子供がそんな心配をしなくてもいいのに、そんな心配をするのは俺が情けないからに違いない。だからここはせめて、強がりでも兄らしい振舞いをしておこうと思う。

 

 「お兄ちゃんに任せとけ」

 

 「いつも頼りにしていますよ」

 

 俺の適当な台詞に、にこやかに返事をしてくれるシルヴィエ。この笑顔を守れるならば、俺の選択は間違っていないだろう。


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