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水竜の目的地

 「さて、訓練で雷魔法を使えるようになった四人が一足先に水竜の元へと向かい、足止めをしてくれる。その間、私は残る落ちこぼれどもの指導をし、シルヴィエには魔法陣の作成をしてもらう。砦の諸君には、魔法陣を使える住民の招集・展開、他の住民たちの避難を任せる。――では、作戦開始だ」

 

 「「「おっす!」」」

 

 フレイがアネモネの作戦をもとに指示を出すと、取り囲む隊員たちは一斉に返事をした。俺だってこんな統率された返事をもらったことなどないのに。

 

 ところで、この「おっす」という返事は、フレイの妙なこだわりだった。「了解」などの他の返事をしたときには、やり直しを要求するほどだ。この人のために宴を開くのは、考え直した方がいいかもしれない。というより、やっぱりやりたくない。

 

 隊員たちが各々の任務のために散っていく。フレイの横に控えていた四人の魔術師たちは、それぞれの飛竜に乗り込み、飛び立つ。離れた場所から飛び立ったはずなのに、それでも強い風が頬を撫でた。

 

 この作戦において、俺がやることはほとんどない。アネモネから役立たずと思われているのか、指揮官としてこの砦に留まっていてほしいのかはわからないが、自尊心を守るためにも後者だと思っておこう。

 

 しばらくボーっと突っ立っていると、そこにフェイロンが現れた。

 

 「厄介なことになっているな」

 

 「ああ。フェイロンも感じるか、恐ろしいほどの魔力を」

 

 「さっさとここから離れたいくらいには感じているな」

 

 フェイロンをして逃げ出したいと言わしめる水竜。自分たちがとんでもない怪物に抗おうとしているのを改めて実感させられた。

 

 「足止めに失敗したときには、俺はここから逃げるからな」

 

 「それでいいよ。お前はこの国の人間じゃないんだから、わざわざ身を危険に晒す必要もない」

 

 フェイロンは小さく頷いて、俺に同意を示した。それから少し考え込む素振りを見せたかと思えば、今度は首を傾げながら言った。

 

 「しかし、よくわからないな。侵略行為をしていた二国のことは、すでに滅ぼしたんだろう? ならば、この砦には戦略的にそこまで価値があるわけでもないはずだが、なぜそうまでして守ろうとする?」

 

 「簡単な話だろ。ここが突破されれば、国土全域が危うくなる。神童と呼ばれていたくらい聡明なお前ならわかるだろ? それとも、やっぱり脳筋なのか?」

 

 「お前こそ、思ったよりバカなんだな」

 

 「バッ……カかもしれないけど、そんなにハッキリ言うなよ」

 

 マリアやロックほどではない――と自分では思っている――にしろ、俺の頭がそれほど優秀ではないことは学園時代の成績が物語っている。そのため、フェイロンに強く言い返すことはできなかった。情けない限りである。

 

 しかし、何をもってフェイロンは俺をバカ呼ばわりしたのか。理由もなくバカ呼ばわりされたのでは、たまったもんじゃない。

 

 「で、俺をバカ呼ばわりできるだけの考えがあるんだったら、それが何か教えてくれないか?」

 

 「別に隠すようなことでもないし、教えてやるが、気に食わない考えかもしれないということは言っておこう」

 

 「この世界、気に食わないことだらけなんだから、それが一つくらい増えたところでどうってことない」

 

 「そうか。――まあ、簡単な話だ。水竜がどこを目指しているのかを考えればいい」

 

 水竜がどこを目指しているのか。フレイやシルヴィエは、当てもなく直進しているのではないかと言っていた。

 そのため、フェイロンの言葉は俺に小さくない混乱をもたらした。フレイはともかく、シルヴィエはこの国でも有数の知識人であり、その思考も明晰。そんなシルヴィエをもってしても答えを出せない問いに、フェイロンは何かしらの答えを用意しているというのか。そもそも、魔物である水竜に目的地など存在するのか。

 

 いずれの疑問にも、俺は仮説すら用意できない。やっぱりフェイロンの言う通り、俺はバカなのかもしれない。

 

 「ごめん。俺はバカすぎて皆目見当もつかない」

 

 「そういうだろうと思っていた」

 

 「おい、それは失礼だろ」

 

 「そう大きい声を出すな。答え合わせをしに行こうではないか。――妹はどこにいる?」

 

 「シルヴィエか」

 

 フェイロンは小さく頷いた。この場で答えを教えてくれる気はないようだった。

 

 程なくして辿り着いたのは、俺の部屋。現在は、シルヴィエの作業部屋となっている副長官室である。

 

 「入るぞー」

 

 「え、あっ、はい」

 

 ドアの向こうには、紙の海に溺れるシルヴィエ。砦中の紙をこの部屋に集めたかのような状態だ。例えるなら、スランプに陥った画家が、荒れ狂ったような有り様である。

 

 「何これ」

 

 「……すみません。夢中になって魔法陣を描いていたら、このような状態に」

 

 「そっか。頑張ってくれてありがとう」

 

 「いえ、とんでもございません。――フェイロンさんも、お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございませんでした」

 

 「構わん」

 

 シルヴィエが少し恥ずかしそうに頭を下げる。

 

 「で、シルヴィエに何の用があるんだ?」

 

 「言っただろう。答え合わせだと」

 

 「そう言うなら早くしてくれ」

 

 「まずは、この辺りの地図を出してくれ」

 

 言われるがままに、机の上に地図を広げる。

 

 「ピスカ湖がここだな。おい、水竜はどこからどこへ向かっていた?」

 

 視線で自分に聞いているのだと気づいたシルヴィエは、机を覗き込みながら、先のフェイロンの問いに答えた。

 

 「私たちが駆けつけたときには、すでにピスカ湖から少し離れたところにいたのですが、ここからこの方向へ直線的に移動しているものと推測しています」

 

 シルヴィエは、地図上で水竜の進路を指でなぞった。それを見ると、ピスカ湖の南端からソーン砦を目がけて移動しているように感じる。

 

 シルヴィエの言葉を聞いたフェイロンは、満足そうに何度か頷いた。答え合わせの結果、正解だったことが判明したのだろう。たっぷり間を取った後、流暢に話出した。

 

 「いいか? 竜は非常に知能が高い魔物だ。俺の国では、人語を解し、それを操る竜すらいる。そんな存在である竜が、目的もなしにうろつくとは思えん」

 

 「なるほど。それで、その目的とは?」

 

 フェイロンに尋ねたのはシルヴィエだ。俺が聞こうと思っていたんだが、先を越された。

 

 「ほら、この直線を伸ばしてみればいい」

 

 「あ……そういうことでしたか」

 

 「そういうことだ」

 

 フェイロンは再び頷いた。俺には何が何だかさっぱりだ。

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