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作戦名

 副団長――他の団員にフレイと呼ばれているのを聞いて、それが彼女の名であることを思い出した――の言葉は、絶望的に響いた。人類では滅ぼすことが叶わないような怪物を三〇時間も足止めしなければならないなんて、さっさとこの砦を捨てて、逃げ出した方が賢明思われるほどだ。

 

 しかし、砦の後ろにはいくつもの集落がある。俺たちがやらなければ、住民たちは運よく逃れられたとしても、故郷を失ってしまうことになる。

 

 俺は自分の故郷に思い入れなどない。あの王都には、俺の戦死を望む家族が待っているだけだ。楽しい思い出はなく、いつも何かから逃げまどっていたような記憶しかない。

 

 それでも、失われた故郷を思い、反乱軍を組織するまでのことをやってのける人がいることを知っている。並大抵の覚悟でできることではない。それだけの覚悟を賭すだけの存在があることが、俺は羨ましいくらいだ。

 

 彼らの気持ちがわかると言えばおこがましいが、ソーン砦もとい俺の楽園を守りたいという気持ちは、彼らに通ずるところがあるのではないだろうか。言うなれば、ここは俺の第二の故郷だ。

 

 そう思うと、何が何でもここを守らねばならない気がしてくる。どうせここを守らなければ、俺はいずれ戦死する。南方前線が攻略されて、さらなる軍事侵攻の機運が高まっている今ならなおさらだ。

 

 「三〇時間の足止めには、協力していただけるんですよね?」

 

 「無論だ」

 

 俺の問いに、フレイは即答した。

 

 「――しかし、足止めに有効な雷魔法を使えるのは、私とシルヴィエだけだ。それではさすがに魔力も体力も持たん。何か策を講じねばならないだろう」

 

 続くフレイの言葉は、周りの隊員や魔術師団の面々を黙らせるのに十分だった。いったいどんな策を練れば、足止めができるというのか。誰にも見当がつかないからだ。

 

 静まり返った砦。こんな状況で口を開いたのは、シルヴィエだった。こちらに微笑みかけてから、フレイに向き直る。

 

 「フレイ、安心してください。作戦を考えるのは、お兄様の得意分野ですから」

 

 「ほう! こんな絶望的な状況に、朗報じゃねえか! では、作戦立案はお前に任せよう!」

 

 「え……」

 

 思わぬ展開に俺は何も言い返せない。俺があたふたしている間に、フレイはマントを翻し、溌溂な様子で言った。

 

 「よし! そうと決まれば、私たちは休ませてもらう。長期間の行軍でヘトヘトだからな!」

 

 言葉とは裏腹に、まったくヘトヘトには見えないフレイ。しかし、誰も引き留めることはせず、彼女は砦の中へと消えて行った。他の団員たちもそれに続く。

 

 シルヴィエだけが残った。ちょうどいい。俺が作戦を考えるという今の混沌とした状況を作り出した張本人には、妹とはいえ、さすがに文句の一つでも言ってやらないと。

 

 何と言い出そうかと思案しているうちに、シルヴィエの方からつかつかと歩み寄ってくる。そして、さっと頭を下げた。

 

 「お兄様ならこの状況を打破する作戦を用意することができると、私は確信しています。どうかよろしくお願いします」

 

 「あ、うん」

 

 再び俺に笑いかけたシルヴィエは、そのままフレイたちの後を追った。文句は言えなかった。

 

 「いいようにこき使われてませんか?」

 

 「うるせえ、それだけ信用されてるんだよ。成果は別としてな」

 

 アレクの言ったことは俺の頭をよぎったことでもあったが、封殺しておいた。

 

 ひとまず、その場は解散となった。作戦会議をしたいと宮廷魔術師団に掛け合ったところ、一時間の休憩をくれとのことだったので、空いた時間を使って、作戦の草案作りに取り組むことにした。

 

 そのために会議室に集まったのは、アネモネが率いるいつものメンバーに、マリアとロックのおバカコンビだ。なぜマリアとロックを読んだのかとアネモネに聞けば、突拍子もない提案から糸口が見つかる可能性に賭けてのことだとか。個人的には、話が厄介になりそうなだけだと思うけど。

 

 「さて、宮廷魔術師団の方々が用意してくださった時間は、もう一時間もありません。早急に作戦を練りましょう」

 

 「「了解!」」

 

 あの宮廷魔術師団から仕事を任されたと張り切っているアネモネの言葉に、いつもこういう場には呼ばれないおバカ二人も張り切っている。事態は切迫しているというのに、二人はいつもの調子で明るい。


 だが、そのおかげもあってか、この閉鎖された会議室内もそれほど悪い雰囲気ではなかった。このことだけでも、二人が果たした仕事は大きなものだろう。アネモネの采配にも拍手だ。そして、俺は二人に謝罪せねばなるまい。バカも役に立つことを知らなくて申し訳なかった、と。

 

 「それじゃ、早速始めようか。魔物の足止めという類を見ない作戦だけど……何か意見はあるか?」

 

 我ながらざっくりしすぎた問いかけではあると思うが、他にいい問いかけを思いつかなかった。

 

 にもかかわらず、さすがはアネモネ。俺が言い終わると同時に手を挙げた。何か意見を表明してくれるらしい。俺は何も思いつかないからありがたい。

 

 「はい。副長官がおっしゃるように、こんなことは前例がありません。ゆえに、使える情報はほとんどありません」


 会議室にいる者は、頷きながらアネモネの話を聞いている。マリアとロックを除いて。二人は、もう話についてこれていないようだ。


 そんなのにはお構いなしに、アネモネは話を続ける。


 「そんな中で、幸運なことに効果がある魔法が一つだけわかっています。それは、宮廷魔術師団のお二人だけが使えるという雷魔法です。これを作戦の中核に据えるべきだと考えます」


 アネモネらしい堅実な意見だ。しかし、それではフレイも言っていたように、限界がある。何かそこからもう一捻りないものだろうか。


 「俺も同じことを考えてたところだ。あとは、それを上手く運用する方法を――」


 「ちょっと待ってください!」


 「何だよ、急に」

 

 俺の発言に割り込んできたのは、急に立ち上がったロックだ。顔は真剣そのもので、何か言いたげな雰囲気である。


 「何か言いたいなら、挙手してから意見してくれよ」


 そう言うと、ロックは厳かに手を挙げた。俺はロックの方に手を向け、発言を促す。


 「まずは、作戦名を考えないとでしょ!」

 

 記念すべきロックの初意見は、正直どうでもいいものだった。アネモネもきっと、ロックを呼んだことを後悔していることだろう。


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