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ピスカ湖の魔物

 シルヴィエが寄こしたのはごく淡泊な文章だったにもかかわらず、俺は動悸が収まらなかった。この動悸が何を意味するのかは、自分でもよくわからない。かと言って、それを精緻に分析しようという気も起きない。


 「何かあったんですか?」


 傍から見ても、俺の様子はおかしいらしい。早速アレクに聞かれてしまった。いずれ長官かアネモネから知らされることになるだろうし、言ってしまっても問題あるまい。


 というのは建前で、この事実を誰かに話さなければ、俺自身がつぶれてしまいそうだから話すだけだ。戦略的な意思決定があって話すわけではない。


 「スイートランドが落ちたみたいだ」

 

 「そうですか。反乱なんて無謀なことをしなくてよかったですよ。死ぬとわかっていて戦えるほどの勇気はないですから」

 

 アレクの反応もあっさりしたものだった。しかし、早口で捲し立てられた言葉は、アレクの動揺を表しているようにも思えた。

 

 そこまで考えて、ふと気になったことがある。死ぬとわかっていて戦えるほどの勇気はない、というアレクの言い回しだ。


この言い方では、勇気があれば、死ぬとわかっていても戦うと言っているように聞こえる。死ぬとわかっていても戦わなければならないときとは、どんなときだろうか。俺の人生には、そんな瞬間は訪れてほしくないものだ。

 

 「何にせよ、これでまた平和で暇な時間が帰って来る。平和が一番。お前もそう思うだろ?」

 

 アレクから返ってくる言葉はない。また無視かよ。一回目なら聞こえなかったのかと思って納得できるけど、二回目はそうはいかない。

 

 「アレク、返事くらいしたら――」

 

 「副長官」

 

 「いや、俺が喋って――」

 

 「平和で暇な時間は、もう少し先になるかもしれませんよ」

 

 「え?」

 

 そう無様に聞き返した直後、アレクの言わんとするところを本能が教えてくれた。命を脅かすような強大な何かが迫っていることを。

 

 「何だ、これ」

 

 「わかりません。でも、経験したことがないほどの魔力の圧を感じます。正直、今にも失神しそうなくらいの」

 

 アレクはあくまで淡々と答えた。今度は俺が言葉を返せなくなる番だった。

 

 シルヴィエからの連絡では、ソルティシアもスイートランドもケリがついたとあった。そうなると、今も感じるこの力は、その二国以外の勢力が生み出したものと考えるのが合理的な気がする。もしや――

 

 「これがアレクの組織した反乱軍だって言うなら、止めてもらえるか?」

 

 「そんなわけないのわかってますよね? こんな力があったら、迷わず反乱を起こしてますよ」

 

 「だよな……」

 

 迷わず反乱を起こしているという言葉は引っかかるが、それはひとまず置いておこう。

 

 そうなると、いよいよこの力を生み出した存在に見当がつかない。あの二国の残党が生み出したのだろうか。だが、こんな力があるのなら、侵略に使うなり防衛に使うなりすればよい。やはり、これは無関係の第三勢力によるものと考えた方がいいか。

 

 「ピスカ湖小砦に損傷あり! 被害の程度、原因は不明! 」

 

 俺の冴えない思考を遮ったのは、隊員からの叫ぶような報告だった。

 

 「ピスカ湖だって?」

 

 東側国境に築かれている長城には、一定間隔で小規模な砦が存在する。ピスカ湖小砦は、名前の通り、ここから北に行ったところにあるピスカ湖に一番近い小砦だ。

 

 ソーン砦と各小砦はアーティファクトによる迅速な連絡網をもっており、今のように被害発生なんていう一大事があれば、情報の精度はさておき、すぐに伝わってくる。

 

 ピスカ湖は強力な魔物の住処で、あそこを越えることのできる移動手段は飛竜ぐらいだ。そして、他国に飛竜を操る技術は確認できていない。ということは、小砦に損害を負わせた何かは、ピスカ湖由来の魔物と考えるのが自然だろう。

 

 もしかすると、小砦に損害を追わせただろう魔物と正体不明の強大な力は、同一の存在かもしれない。いやむしろ、そうとしか考えれられない。

 

 これで、先程までの疑問点にも説明がつく。ソルティシアやスイートランド、反乱軍ではないのなら、どこの誰が恐怖を感じるほどの強力な存在を生み出したのかという点だ。それは誰かが意図したものではなく、自然発生によるものだったのだ。

 

 相手がどんな魔物なのかはまだわからないが、他国の侵略でないのならば、まだ安心できる。意図的に我が国に攻め込もうとするわけではないからな。

 

 だがしかし、今回はあまりにも魔物の格が違うように感じる。ピスカ湖小砦までは、細かい数字はわからないが、百キロ程度の距離があるはずだ。そんなところから発せられる魔力を感じるなんて、それはまさしく化け物だ。

 

 俺が戦ったことがある魔物で一番強かったものと言えば、間違いなく呪龍だ。その呪龍とどっちが強いだろうか。呪龍と戦ったときには、俺は魔纏が使えなかったため、魔力を感知する力も弱かった。そのため、呪龍がどの程度の魔力を放ってたのかは定かではない。

 

 「アレク、呪龍とこの魔力を生み出している存在は、どちらが強い?」

 

 「比較になりませんね」

 

 「それはどういう意味で?」

 

 「決まってるじゃないですか。こっちの方が強いって意味ですよ」

 

 わかってはいたが、そこまで歴然とした差があるとは思いもしなかった。これには言葉を失わざるを得ない。

 

 とはいえ、黙っていたところで問題が解決するわけでもない。何か行動を起こさなければ、他国の侵略でも何でもないのに、この国が滅ぶ恐れがある。

 

 「副長官! ピスカ湖で正体不明の巨大な魔物が出現したようです!」

 

 階段を駆け上がり、アネモネが姿を見せる。俺の思った通り、ピスカ湖において何かしらの魔物が現れたらしい。

 

 このタイミングでアネモネが来てくれたのは好都合だ。今のうちに指示を出して、砦の守りを固めておこう。

 

 「小砦にも被害があったらしいな。さっき聞いた。一刻も早く、各集落と連絡を取って――」

 

 「魔法陣の訓練を積んだ住民たちを集めろ、ですよね? すでに取りかかっています。他に何かありますか?」

 

 「え、ああ。それ以外の住民たちの避難、軍本部への連絡は済ませたか?」

 

 「はい」

 

 「そうか。なら待機だ」

 

 俺が思いつくくらいのことは、アネモネが済ませてくれていたようだ。副長官として面目ないとともに、上司としては誇らしい。

 

 「副長官としての仕事、全然してないですね」

 

 アレクからそんなツッコミが入るが、仕返しと言わんばかりに無視しておいた。


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