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リヴァイアサン

 王の馬は一般的な馬よりも二倍は速いし、三倍は長く走ることができる。飼い主に似て、強靭に育ったのだろうか。だとすれば、王は死してなお、私を助けてくださっていることになる。今はそんな妄想だけが心の頼りだ。

 

 私の目的地までは、この馬でも二日はかかる。それも、馬にだいぶ無理をさせた場合だ。もしかすると、その後は使い物にならなくなる恐れもある。とはいえ、それもその後があればの話だが。

 

 逃げ出した後、あそこがどうなったかはわからない。もちろん、あの九体の飛竜と十人の魔術師を相手にして勝利することなど、万に一つもない。私が気にしているのは、やつらがどれだけあの場に留まるかだ。

 

 予想では一日だが、希望は二日ほど留まっていてほしい。落ちた飛竜を回収したり、現地民の制圧をしたりするための時間を考えれば、二日という数字もありえなくないだろう。

 

 どちらにせよ、その間に目的地に着くことが理想だ。せっかくの置き土産も、やつらがいては十分な効果を発揮しない恐れがある。それだけは避けたい。

 

 十分な装備もないため、夜は肝の冷える時間だった。月明りだけでは、魔物がどこから襲い掛かってくるかわからないからだ。敵に一泡吹かせる前に、関係のない魔物に殺されてしまっては笑い話にもならないため、一睡もせずに警戒を続けた。

 

 自分が携帯していた水分と食料は、ほとんど馬に与えた。そのおかげもあってか、逃亡二日目も馬はよく走ってくれている。この役目を果たした後は、どうせ私に命などないだろうし、我ながらこれはいい判断だった。

 

 しかし、昨夜の徹夜がたたり、私の唯一の武器である頭が役に立たない。いや、やることが決まっている以上、余計なことを考えなくても済むのは好都合なのか。なんでもいいが、とにかく眠い――

 

 ハッとしたころには、ピスカ湖を取り囲む丘が見えていた。この辺りはソーン砦攻略作戦を練る上で何度か訪れており、見覚えがある。目的地はもうすぐだ。

 

 寝てしまっていたときのことはわからないものの、飛竜は一度も見ていない。このままいけば、人生最後の作戦は成功で終わらせられそうだ。

 

 最後の力を振り絞り、馬が懸命に丘を登る。傾斜はきつく、気力も体力も限界に近い私は、しがみつくので精一杯だった。五分以上そうして耐えていると、地面と私が平行になった。丘を登り切ったのである。

 

 ここが目的地のピスカ湖。あまりにも広大で対岸が見えなければ、左右の端も見えない。昼過ぎの穏やかな日光を跳ね返し、湖面はキラキラと輝いている。人間の争いなど、ほんの少しも気にしない自然がそこにあった。

 

 この巨大な湖には、ロウマンド王国ですら恐れる水生の魔物が数多く生息している。その多くは地上で活動できるわけではないが、地上に連れ出すことができれば、大暴れしてくれるに違いない。

 

 問題は引きずり出す方法である。もちろん、その問題を前に無策でここまで来たわけではない。しかし、確実に上手く行くという保証もない。全ては私の仮説にかかっている。

 

 使用するのは、アンデッドを目覚めさせるときに使ったアーティファクト。これは本来、植物――《悪魔の塩》――の成長を促すために使われていたのだが、その仕組みはわかっていなかった。

 

 とはいえ、今もわかっているわけではなく、一つの仮説があるだけだ。《悪魔の塩》が魔力を吸収して育つことから導かれたその仮説は、アーティファクトが周囲の魔力濃度を増大させるというものだ。

 

 そう考えれば、魔力の高まりによってアンデッドが目覚めたという説明ができ、一応の筋が通る。残念ながら、この仮説を検証する機会はなかった。が、最後の最後にこうした賭けをしてみるのも面白い。

 

 行き過ぎた魔力の高まりは、魔物の暴走を誘発するというのはよく知られた話である。アーティファクトが仮説通りの働きをすれば、湖の中の魔物たちがどうやって暴れてくれるかは想像もつかない。


 これが上手くいけば、ソーン砦だって一息で破壊してくれるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。ちなみに、この作戦をなぜ決行しなかったかと言えば、単純に我が国にも被害が出るかもしれないからだ。いや、もう我が国と呼べる国はない。だからこそ、この作戦を決行できるのだ。

 

 「さあ、あとはこれを投げ入れるだけだな」

 

 将軍に話しかけるような口調で言ってみても、馬以外に私の言葉を聞く者はいない。そして当然のごとく、馬は反応しない。私が一人になってしまったことを思い知らされる。

 

 手の中で正八面体の物体を転がす。こんな小さなアーティファクトに作戦の成否が懸かっているとは、頼りない気もする。成功しないんじゃないか、と途端に不安が押し寄せる。

 

 だが、今さら不安になったところで失うものも少ない。これから失えるものと言えば、自分の命くらいのものだ。そして、そんなものは今までに失ってきたものと比べれば、どうということはないほどに軽い。

 

 さて、無駄な感傷に浸っている暇もない。私は一思いに、アーティファクトを湖に投げ入れた。

 

 入れてから、体感三十分は何の変化もなかった。そうして無為な時間が過ぎ去り、さすがの私も焦りを感じ始めていたころ、ようやく目に見える変化が湖に見て取れた。

 

 穏やかだった水面に波が生まれ、それが大きくなっていき、水は薄っすらと赤味を帯び始めた。湖面に浮かび上がってきた数多の魔物の死体を見れば、その色を生み出しているのは血液だとわかる。

 

 魔物が暴走し、お互いに殺し合いをしているのだろう。そして、生き残った最強の魔物は、アーティファクトの力でさらにその力を増し、暴走を続ける。一体、どんな魔物が残るのか。

 

 太陽が地平線に触れようかというとき、その魔物が姿を見せた。かなり距離があるはずなのに、しっかりと認識できるほどの巨体。

 

 私の記憶が正しければ、そしてその記憶の元である伝承が正しければ、あれは水中の悪魔。水竜の王とも称される、リヴァイアサンだ。


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