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置き土産

 私は逃げている。追手はない。髪色で私がシュガ族でないことはわかるため、追う価値すらないと見なされているに違いない。事が予想通りに運び、暗い喜びが湧き上がる。私を衝き動かしているのは、やつらに一矢報いなければならないというただ一つの妄執とでも言うべき意志だ。

 

 こうなってしまうほんの数十分前の出来事が、浮かんでは消え、消えては浮かぶ。一度それを振り払おうが、数秒後にはまたそれが襲ってくるのだ。そんなことに割く精神力すらもったいないため、なるべく無心を貫きたいところなのだが、そう上手くはいかなかった。

 

 今また、そのときの出来事が頭を支配する。

 

 ――銀の飛竜が断末魔を響かせた後、一帯には静寂が訪れた。だが、その静寂も長くは続かった。土の塔の上に立つ女の叫びがそれを破る。

 

 「グワアアアアアア!」

 

 魔術師というのは理知的なものだという先入観があった。しかし、この女の絶叫は、先入観が所詮先入観でしかないことを教えてくれた。銀髪を一つに束ねたその女の絶叫は、理知的性の欠片もなく、野生を剝き出しにしたもののように感じられたからだ。

 

 ビリビリと空気が打ち震える。身体がその場に縛り付けられたような錯覚に陥る。そうして出来たわずかな間隙。わずかではあったが、それは致命的なものになった。

 

 あの女に共鳴したのか、仲間への弔いか、飛竜たちが咆哮を上げる。同時に、塔の上から幾筋もの閃光が走った。その青白い筋がシュガ族の戦士たちを貫く。

 

 その次の瞬間には、シュガ族の戦士たちがバタバタと倒れていく。魔法なのは間違いないだろうが、見たこともない魔法だ。距離があってわかりづらいが、倒れた者たちに目立った外傷はないように見受けられる。

 

 同胞たちが散っているというのに、王はどこにおられるのか。閃光は今も続いていて、自分の身も危険な状態なはずだが、それも気にせず王を探した。

 

 王の屈強な姿を認めたとき、王は雄叫びにも近い指示を飛ばした。

 

 「撃てエーッ!」

 

 シュガ族でない一般兵たちが一斉に弓を引く。二万本の矢が、今や九体となった飛竜を狙う。しかし、二万本のうちの一本も飛竜はおろかその背に乗る魔術師に届くことはなかった。

 

 飛竜が瞬く間にその高度を上げたのだ。届かなかった二万本の矢は、一斉に兵たちの方へ向き直る。本来、放物線を描くように放たれた矢が兵たちに当たる道理はない。だが、この世にはその道理を捻じ曲げる力が存在する。それは魔法だ。

 

 矢が最高高度に達すると、それらは風魔法によって操られ、加速され、全て彼らに帰っていく。シュガ族以外の兵のうち、矢を通さない金属製の鎧を着ているのは指揮官級のみ。ほとんどの兵たちが、自分の放った矢に倒れる。

 

 逃げ出す一般兵たち。王が立ち向かっているのだから逃げ出すなと言いたいところだが、彼らの心情は理解できる。王もそれを引き留めることはしない。ただ、空を見上げているだけだ。

 

 戦線と呼べるものが最初から存在していたかは疑問ではあるものの、もしそれがあったなら、それは完全に崩壊していた。魔物は凍り付き、シュガ族の戦士たちは謎の閃光に貫かれ、一般兵たちは矢で自滅。崩壊以外の何物でもないだろう。

 

 王が飛竜を一撃のうちに伏せたときには、希望の光も見えたように錯覚したが、今では目の前が完全な暗闇であることがハッキリとしてしまった。我々はロウマンド王国の、というよりあの女の逆鱗に触れてしまったのだろう。

 

 こうなってしまっては降伏を受け入れてもらうこともできないだろうし、降伏を表明する間もなく滅されるだろう。と思ったのも束の間、私は一つの事実に気がついた。逃げ出す一般兵たちは、少しも攻撃の的となっていないのだ。


 シュガ族たちはその旺盛な戦闘欲によって、いまだに飛竜へと飛びかかろうとしているため、その都度死んだとは思えないほどあっけなく倒されている。もちろん、その後にはピクリとも動くことがなく、死んでいるのは間違いない。


 一方で、抗戦の意志を示さず、逃げ出す一般兵たちはそうした攻撃を受けていない。おそらく、逃げ出したところで大した脅威にならないと考えられているのだろう。


 それを知り、私の中にある考えが浮かぶ。私が逃げ出しても、攻撃を受けずに逃げ出せるのではないかという考えだ。とはいえ、そんなことをできるはずがない。それは王に対する裏切りなのだから。


 だが、次の瞬間だった。あの閃光が王を貫いたのだ。仁王立ちのまま固まる王。十分な余韻が過ぎ去った後、前方に音もなく倒れる。屈強な肉体が巨大な肉塊へと変わった。


 気づいたときには近くにいた王の愛馬の手綱を握り、飛竜に背を向けて馬を走らせていた。いつもは王以外に決して背を許さぬ馬が、私を乗せて走る。この聡明な生物は、主の死を理解しているのかもしれない。いや、そうでなければ、私ごときを乗せるはずがない。間違いなく理解しているのだ――

 

 頭を左右に振り、また浮かんできたあの光景を押し退ける。何度頭の中でそれを想起したところで、結果は変わらないのだから。

 

 私の中にあるのは、やつらへの復讐心のみ。もちろん、私一人でかの国を落とせるわけもなく、できることは大変限られている。

 

 しかし、少しくらい痛い目を見せることはできると踏んでいる。自分たちが常に強者側にいられると傲慢な勘違いをしているやつらに、弱者からの置き土産だ。


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体調が悪く、執筆が滞っております。なるべく更新していきたいと思いますので、お付き合いいただけると幸いです。

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