スイートランドの王
ソーン砦がはぐれシュガ族をもてなした理由は何だったのか。我々を油断させるためか、敵へのせめてもの情けか、それとも嗜虐趣味か。このことをもっと考えていれば、今のような悲惨な状況は避けられただろうか。わからない。
王のおられるこの王宮からソルティシアとの国境線までは、およそ千キロメトル。飛竜ならば、半日もかからない距離だ。ソルティシア国境に配備している兵からの報告は、昼過ぎだった。最悪の場合、今夜にはロウマンド王国軍がここまで到達するかもしれない。
だが、戦力のほとんどを魔法に頼っている彼らは、魔力回復のための時間を設けると考えられる。それならば、ここに到達するのは早くても翌朝。やや希望的観測じみているという自覚はあるが、我々が生き残るためにはそれくらいの時間は必要だ。
現在、この玉座の間には、私と王の二人しかいない。一般的な軍師以上の待遇を受けている。これは私が一般的な軍師以上の功績を上げてきたからでもあるが、それ以上に王の慈悲があると思っている。
私はそんな王の命を守る。どうあってもロウマンド王国に太刀打ちできないことがわかった今、私が目指すべき目標はそれしかない。
「王よ、ソルティシアが倒れた今、我々も――」
「我々も?」
意を決して逃亡を提案したはずだったのに、王の一言によって、そんな意志は一気に削がれてしまった。その声だけで、王が逃亡など望んでいないことがわかったからだ。いや、それは初めからわかっていた。
それにもかかわらず、私は王を生かしたいという単なるわがままに駆られていた。王は戦うことを望んでいる。それがどんな結果に終わろうとも。
「お前の考えるところはよくわかっている。――が、その上で言おう。戦闘準備だ」
「御意に」
私が言えるのはそれだけだった。王の望みを叶えるのが、私の唯一の仕事だから。
兵を総動員するとして、それをどこに展開するかが問題だ。密集させるのか散開させるのかという問題もあるし、そもそも飛竜相手に地上から何ができるのかという問題もある。
その点を将軍に相談すると、策があるようだった。詳細を聞くと、にわかには信じられない話だったが、もうそれを信用するしかあるまい。状況は差し迫っているのだ。
展開が完了したのは明け方だった。ソルティシア攻略後、ロウマンド軍が即座にこちらに向かっていれば、すでに到着している時間である。ということは、私の読み通り、彼らは休憩を取っていることになる。準備時間が確保できたのは、不幸中の幸いだ。
我々は現在、起伏の激しい丘陵地帯に散開している。これは単純に、敵に魔法での狙いをつけにくくさせるためだ。その手前の平原地帯には、一か月で集めた一〇〇万の魔物を配置している。一五〇万が簡単に撃退されてしまった事実を考えれば心許ないが、こればかりは仕方がない。あまりにも時間がなさ過ぎた。
総戦力は、七〇〇のシュガ族の戦士と二万のスイートランド正規軍、一〇〇万の魔物。我が国で戦闘可能なシュガ族は六〇〇を超える程度だったが、はぐれシュガ族が加わったことにより、ここまで増えた。
はぐれシュガ族たちは、我が国の正式な国民ではないため戦闘に参加する義理はないが、向こうから志願があった。さすがは血に飢えた戦闘民族といったところか。
太陽が地平線から顔出し、一時間ほどが過ぎたころ。一〇の飛竜が現れた。そして、その姿を認識してから数秒のうちに、我々の前に整列した。
「これ以上、貴国の侵略行為を看過できません。降伏しないのであれば、この場にいる生命体を全て消し去ります」
どこからともなく女性の声が聞こえてきた。飛竜に乗っている人物の声であることは間違いないだろうが、どの飛竜に乗っている者かはわからない。飛竜とは三〇メトルほど離れているのに明瞭に聞き取れるのは、風魔法の応用だろう。
我々のうちの誰も答えない。この場の生命体を全て消し去るなど、あの凍結魔法を見たことがない者たちの中には、それを妄言だと思っている者もいるに違いない。だが、私はそれが妄言などではなく、確固たる宣言であることを知っている。
たっぷりと無音の時間が流れた後、唐突に平原が凍り付いた。余すところなく純白に染まり、早朝の光を眩しいほどに反射する。こんな状況でなければ、風景画でも描かせたいほどだ。ただし、下に眠る一〇〇万の魔物のことは描写しないでくれと頼むが。
「さあ、これで我々の力がわかったことだろう。降伏するか、滅ぼされるか。早く選びたまえ」
再び先ほどの女性の声。最初の一言で感じられたような礼節はなくなっていた。実に傲慢な、自分たちを絶対強者と信じて疑わない者の言葉だ。
何の抵抗もできずに滅ぼされる。諦念が私の心を支配しようとしたとき、視界には宙を舞う人間の姿。それも複数。赤髪を見れば、それがシュガ族であることがわかる。あろうことか、ただの跳躍によって、飛竜へと迫ろうというのだ。
そして、その先頭にいたのは――
「王!?」
先陣を切り、飛竜のもとへと飛び出したのだ。王の動きは、飛竜の反応速度すら上回っていた。中央の銀色の飛竜の足にしがみつく。とても同じ人間とは思えない所業だ。
次の瞬間に起きた出来事は、恐怖すら感じさせた。王は身体を前後に振ると、その勢いで、飛竜の右脚を付け根からもぎ取ったのだ。王はそのまま地上へ着地し、丘陵の陰に姿を消した。
一方、銀の飛竜は痛みに悶えながら落ちていく。上に乗っていたであろう魔術師は、即座に土の塔を作り出し、自分の足場としていた。無事ように見える。
他にも飛び出していたシュガ族は、速度で王に劣っており、飛竜に返り討ちにされていた。しかし、王がいれば、まだ何かしらの抵抗ができるかもしれない。上手くいけば、あるいは。そう感じさせる開戦だった。
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