平和への道
二十キロメトル。ロウマンド王国軍が南方前線において、一日に進行する距離である。これは、私が想定していた速度のちょうど二倍だ。
当初の想定であった一日十キロメトルというのも、過去の情報に照らせば、ありえないほどに速い。つまり、これでも随分厳しめに見積もっていたつもりだったのだ。
それがこうも易々と裏切られるとなると、こちらとしては、もう諦めたくもなる。もちろん、諦めるくらいなら、王は決死の突撃をするのだろうが。
しかし、王にそんなことはさせられない。だから、どうにかしてどうにかしなければならない。どうにかしてどうにかするとは、我ながら言い得て妙だ。どうにかする方法も、何をもってどうにかなった状態と言うのかもわからないという、我々の状況をよく言い表している気がする。
とはいえ、悲観的になっても仕方がない。まだやれることは残っているはずだ。と言っても、私にできることと言えば、考えることだけだ。
さて、何から考えるか。まず重要なのは、期限だ。ここで言う期限とは、ロウマンド王国に対処する作戦を完了させなければならない期日までの残り時間のことだ。
ロウマンド王国軍の進行速度から逆算できる期限は、二か月あるかないか。この程度の時間で何ができるのかは疑問だが、それはこれから考えればいい。
そういうわけで、次は何ができるのかを考えてみる。現在、前回と同様に低位の魔物を集めているが、結界は復活してしまうと予想できるため、攻撃には使えない。そのため、これは防衛に使うことになるだろう。
となると、現時点ではやはり防衛に力を割く方が合理的なように思われる。そもそも、我が国に対して、かの国がすぐに攻勢へと転じるとも限らない。防衛力を強化するというのはいずれ必要なことなのだから、今やっておいても損にはならないだろう。
方針は固まった。今行うべきは、防衛力の強化だ。かねてより目をつけていた防御系アーティファクトも、この機会に回収しておこう。
二週間後には、私が欲していたアーティファクトの四分の三が集まった。最重要視していたアーティファクトが手に入らなかったのは残念だが、まだ時間はあるため、ギリギリまで捜索を続行してもらおう。
シュガ族の戦士たちは、一日に五〇〇キロメトルもの距離を移動でき、魔物を素手で簡単に屠る。アーティファクトの回収においても、抜群の働きを見せてくれる。今回も期待以上の働きをしてくれた。これで結果を出せなければ、軍師失格というものだ。
一般的な籠城戦の準備、アーティファクトと魔物の収集、ソルティシアに加えて神仙国からの援助の取り付け、万が一に備えた逃走経路の確保などやれることはやった。そうして一か月と少しが過ぎたころ、妙なことが起きた。
はぐれシュガ族の大群が現れたのだ。その数は百を超える。これは天からの恵みだと思った。少しでも戦力が欲しいこの時期に、これほど大きな戦力が手に入るなんて、そう思うのも自然だろう。
さらに彼らは、一人一人が両手に一杯の甘味を持参していて、全てを王に差し出してきたのだ。毒見の後、王に献上すると、王はそれを痛く気に入った。ここまでは、本当に彼らが天の使いか何かかと思っていた。
だが、そんな妄想は容易く破壊された。よくよく彼らの話を聞けば、食糧難のところをソーン砦に助けてもらい、手厚い歓迎を受け、この国の存在を教えてもらい、王への土産物まで持たせてくれたというのだ。
二度も攻撃をしてきた国に対して、わざわざ戦力を提供するような真似をする。意味がわからなかった。戦略的に唯一説明がつくと仮説と言えば、これが挑発行為であるということである。
しかし、絶対強者であるかの国が、そんな易い挑発をする意味はない。ということは、これは単純に慈善行為なのだろうか。考えにくいが、それしか考えられない。
冷血で無慈悲に敵を殺す国だと思っていた。他民族に対して排他的で不寛容な国だと思っていた。そんなかの国に対する印象が、少し明るいものへと変わった。変えざるを得なかった。
同胞を助けてくれた国を侵略するのが人の道なのか、かの国を征服するという人生における最大の目標を諦めるのか、というジレンマの狭間で、王も相当悩んだようである。
しかし、結論として、王は侵略をしばし止める決定をした。防衛力強化は継続するものの、ロウマンド王国に対する能動的な侵略を止めるというのだ。
その決定を聞いたとき、どこか安堵する部分があった。終わりなき戦禍へと続く道を引き返すことができるのではないかと。もしかすると、かの国とも友好な関係が築けるのではないかと。
はぐれシュガ族が到着して三日目には、ソーン砦およびロウマンド王国に対して、同胞を助けてくれたことに感謝を示す使節団を派遣することも決まった。世の中がよい方向に進んでいると感じた。軍師としての仕事が減ることへの心配はあったが、それ以上に、王の治世が平和なものになることへの喜びの方が大きかった。
そんな平和の機運の高まりを感じ始めて数日。ソルティシアがロウマンド王国に降伏したという報により、私が大きな勘違いをしていたことを思い知らされた。
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