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おもてなし

 いったい何が起こっているのか。俺は目の前の光景が信じられなかった。今すぐにでも「ありえない!」と叫び出し、この状況を否定したかった。でも、これは間違いなく現実だ。試しに頬をつねってもみても、しっかり痛かったのだから。

 

 「あ、副長官も飲みますー?」

 

 こういう場になると、ロックは気が利く。俺が手持無沙汰にしていると、すぐに酒を運んできてくれるのだ。あれ、もしかして、一人だから気を遣われてるのかな……

 

 俺は手にした酒をぐいとあおり、頭からそんな嫌な考えを追い出した。酒に弱いわけではないが、精神的疲労が酒の回りを早くさせたのか、すぐに頭がぼんやりとしてきた。

 

 そんな頭で、再び目の前の光景と向き合う。さっきまで一色即発の雰囲気だったはずの隊員たちとシュガ族の戦士たちが、仲良く酒を酌み交わすという異常な光景と。

 

 「どうなってんの、これ?」

 

 「長官曰く、シュガ族には甘いものを食わせておけ、だそうです」

 

 「へえ……」

 

 俺の独り言に反応したのは、いつの間にか俺の横にいたアネモネだ。独り言を勝手に聞くんじゃない。

 

 「副長官が上手く時間稼ぎをしてくださったおかげで、長官の命令を実行することができました。ありがとうございます」

 

 ショトーが現れて、最初から最後まで長官とアネモネが出てこなかったのは、近隣から集められるだけの甘味を集めていたかららしい。時間稼ぎをして欲しかったなら、一言でもそう伝えてくれればよかったのに。


 アネモネは深々と頭を下げているが、意図してやったわけではないから、なんだか素直に受け止められない。俺は器の小ささには定評があるのだ。


 釈然とはしなかったが、酒の力に任せて、この日は早めに寝た。

 

 翌朝早く、シュガ族の戦士たちは土産――もちろん甘いもの――を手に、砦を離れて行った。向かう先は、元の住処である北の山脈ではなく、スイートランドだ。

 

 彼らは僻地で暮らしており、同胞が集まるスイートランドの存在を知らなかった。長官がその存在を教えると、そこへ向かうことを決めたのだ。

 

 正直、俺は反対したかった。百を超えるシュガ族の戦士という強大な戦力が、敵国に加わることになるのだから。

 

 しかし、長官に逆らえるはずもなかった。それに、仲間たちに会えることを喜ぶシュガ族たちを止めることもできなかった。

 

 「俺はてっきり、シュガ族に食わせたものの中に、残っていた《悪魔の塩》でも入れたのかと思っていたんだがな」

 

 「さすがに非人道的すぎるだろ、お前」


 遠のくシュガ族の一団を見送りながら、フェイロンのとんでもない発言にツッコむ。

 

 「敵に容赦していては、やられるのはこちらかもしれないんだぞ?」

 

 「その考えもわかるけど」

 

 「俺のように故郷を潰されたことがなければ、真に理解することなどできないだろう」

 

 「悪い。不用意な発言だったな」

 

 「そういうつもりで言ったわけではない。ただ、お前の故郷がそうならないようにと思っただけだ」

 

 故郷がなくなる。それがどんな感情を掻き立てるのかは、俺にはわからない。前王の時代から新しく併合した土地もないから、我が国にそういう経験をした人間自体、今は少ないだろう。

 

 直近の併合は、前々王の時代のジャミ王国併合だったはずだ。その土地は、今では旧ジャミ王国領と呼ばれており、我が国でも有数の穀倉地帯である。俺の記憶が確かなら、アレクの出身地でもある。

 

 もしかすると、アレクの曽祖父母あたりの世代は、我が国の侵略を受けた世代かもしれない。そんなアレクが、我が国の防衛に加わってくれていると思うと、ありがたいような申し訳ないような気持ちになる。

 

 「今日は冷えるな。やつらが無事にスイートランドに着けばいいが」

 

 「あの戦闘民族だぞ? これくらいの寒さ、どうってことないだろ」

 

 「それもそうだな」

 

 さっきまで毒を盛ればよかったとか言っていたくせに、もうシュガ族の心配をしているフェイロン。掴みどころのないやつだ。

 

 そんなシュガ族たちとの交流から三週間後、俺の《双子の手帳》には、こんなメッセージが届いていた。

 

 『南方前線の作戦が終結いたしました。王都へ帰還し、補給が完了したのち、ただちにスイートランドおよびソルティシアへの攻撃を開始します』

 

 長官のもとにも、軍本部から同様の連絡があったらしい。盃を交わした者たちが死ぬのは忍びないが、こればかりはどうしようもない、というのが長官の弁であった。長官がいたたまれない思いでいるのは、容易に想像できた。俺だってそうだ。

 

 あの豪快な長官が、ここまで弱気になっていることには驚いた。とはいえ、それほどまでに軍本部が強権を握っているという話なだけなんだろう。さすがは我が国の最高権力。

 

 こういう最終的な決定を下すのは形式的には王で、実務的には中佐だ。あの中佐なら、国益に適う決定を下しているに違いない。違いないんだが、心情的にはモヤモヤしてしまう。

 

 こういうのは、軍人としては間違っているんだろうな。心の片隅では、どこか妹の失敗すら願っているような気すらする。

 

 だけど、シルヴィエが失敗するはずもない。ポンコツの俺とは違って、完璧だから。


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