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長官の思惑

 「これから攻めて来るって、なんでそんなことがわかるんだ?」

 

 俺は努めて冷静に聞いた。昼のピークは過ぎているが、まだちらほら隊員がいる食堂で大声を上げるわけにはいかない。下手に内容を聞かれて、混乱させてしまうのは本意ではないからだ。

 

 「はい。あの男――ショトーという名らしいですが――を尋問したところ、聞き出すことに成功しました」

 

 「待て。となると、やはりあいつはスイートランドの?」

 

 「いえ、それは違います。ショトーと彼が率いる集団は、普段は北の山脈の麓で暮らしているみたいです。《ファルサ・ウェリタス》で確認したので間違いありません。食料不足で南下してきたところ、たまたまこの砦を見つけたみたいですね」

 

 砦を見つけて食料を要求するのではなく、真っ先に戦いを挑んでくるところが戦闘民族らしい。なんなら、砦ごと乗っ取ろうとしてたもんな。脳筋ここに極まれりといった感じだ。


 その後、話を聞く限りでは、ショトーの仲間たちが攻めて来るということだった。自分がしばらく戻らなければ、砦を攻めろという指示を残していたんだとか。なんで攻めちゃうんだよ。

 

 あんな化け物みたいなのが百も攻めて来る。とはいえ、そんな化け物たちも魔法陣を使えば簡単に一掃できる。戦力的には恐れるに足りない。


 しかし、この前のように魔物を殺すのとはわけが違う。百の人間を殺すことになるのだ。『黒の刃』のように犯罪者というわけでもない百人を。

 

 気分が重い。他人の生殺与奪を握るというのは、ここまで嫌な気持ちになるものなのか。内臓を掻き回されているような感覚に襲われる。

 

 「アルバート、お前からの報告はロクなものがないな。なんかもっと他にないのか。砦で飼ってる猫が子供を産みましたとか、そういうほのぼのした報告は」

 

 「報告があるときは、だいたい問題が発生してるときなんだからしょうがないじゃないですか。そもそも、うちで猫なんて飼ってませんし」

 

 「猫は飼っとけよ。王宮警備のときは飼ってたぞ」

 

 「職場で何してるんですか。――って、こんな話してる場合じゃないですよ。どうするんですか」

 

 「とりあえず、全ての門を閉じて魔法陣を展開させておけ。だが、許可するまでは攻撃するな。ショトーがリーダーってことは、あいつを人質にしておけば、向こうも簡単には手を出せないだろう。なるべく平和的に解決しよう」

 

 「承知しました」

 

 去って行くアルバートを見送りながら、フェイロンが言った。

 

 「よかったのか? 殺しておいた方が手っ取り早く済みそうなものだが」

 

 「いいんだよ、これで。これが俺のやり方だ」

 

 俺のやり方。正直に言えば、そんないいものではない。俺はただ、人を殺すのが怖いだけだ。『黒の刃』のときは、相手が犯罪者だという免罪符があったし、殺さなければこちらが殺されるという緊急性もあった。


 しかし、今回はそのどちらもない。相手は山の麓で暮らしてただけの普通の人間だし、もし殺し合いになればこちらが圧倒的に有利。そんな状況で、俺は彼らを殺そうとは思えなかった。


 「俺はこの砦の人間ではない。お前が決めたのなら、俺は口出ししないさ」

 

 特に返事もせず、俺は上に登ることにした。百人ものシュガ族の前に出て行って話し合いをするのは怖いから、上から失礼させてもらおうという魂胆だ。

 

 そして、百人はすぐにやって来た。さすがシュガ族、足が速い。などと感心している場合じゃない。特徴的な赤髪を逆立てた百人を見ると、数十メトルの距離があっても足がすくむ。

 

 「ショトーを返せ! 殺すぞ!」

 

 戦闘にいる女性が叫んだ。ショトーよりも流暢なロウマンド語のように思う。言葉遣いが怖すぎるのが難点だが。

 

 できればこんな危ないやつと会話はしたくないが、長官が出てこないもんだから、俺が会話をするしかない。俺は下まで声が届くように、声を張って答えた。

 

 「ショトーは返す! もうそれで帰ってくれ!」

 

 「帰らない! お前を殺したら帰る!」

 

 なんでだよ。こっちが穏便に済まそうとしてるのに、なんで火に油を注ぐようなこと言っちゃうのかな。

 

 周りの隊員たちもイラつき始めたのか、ざわざわしている。俺の許可なしで火球をぶっぱなしそうな勢いだ。そんなことにならないよう、短期決戦で話をつけなければ。

 

 そうは言っても、何か言うとすぐに「殺すぞ」と返してくるやつを説き伏せることなんてできるのだろうか。俺が説得のために頭を必死に働かせていると、ゴゴゴゴゴと下から重低音。これは門が開閉する音だ。

 

 現在、俺の指示ですべての門は閉まっているはず。ということは……

 

 「誰だ! 門を開けたやつは!?」

 

 砦の中に入ってこられてしまっては、魔法陣での攻撃がほとんど不可能になる。そんな状況で、シュガ族に勝てるわけがない。

 

 こんな辺境で死ぬんだ。そんな思いに支配される。別に戦争相手でもないやつに、ぽっと出のよくわからない危ない人たちに殺されるんだ。さすが俺の人生、呆気ない幕引きだ。

 

 「終わりか……」

 

 喉をすり抜けて、信じられないほどか細い声が出た。だが、そんな俺の声は、落雷のごとき爆音がすぐに掻き消した。

 

 「よく来たな! 歓迎するぞ! たらふく食べていくがいい!」

 

 間違いなく長官の声だった。長官が門を開けたらしい。その姿は見えないが、たぶん下でシュガ族を砦内に招き入れてるんだろう。

 

 なんでそんなことをするのか。理由はたぶん、アレしかない。俺には、正気の沙汰とは思えないが。


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