表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/156

訓練場

 訓練開始から二週間が経過したころには、参加者の九割が戦争でも使い物になる精度で、魔法陣を使用できるようになっていた。そもそも魔法陣の使用が簡単だということもあるが、住民たちが精力的に訓練に参加したということも大きいだろう。


 無報酬にもかかわらず、よくやるもんだと感心してしまう。俺がここの住民だったら、さっさと引っ越しを決断するはずだ。彼らがこうも真面目に訓練を受けていることが理解できない。そのおかげで、戦力が充実してきているから何も文句はないけどな。


 今日も今日とて、訓練の様子をただただ眺めるだけの時間を過ごしながら、そんなことを考えていた。まだ魔法陣を上手く使えない一割は、昨日とか一昨日に参加を希望してきた者たちであるため、今日はそういった新人たちの訓練だ。戦力の全容を敵になるべく知られぬよう、訓練場所は領内の奥まった場所で行っている。


 俺の横に馬車が止まり、アルバートが降りて来た。アルバートはアネモネの使い走り的な存在であるらしく、俺がこの急造の訓練場にいるときには、いつもこいつが報告に来る。


 「とりあえず、各集落への連絡手段も確保できました」

 

 「そうか、ご苦労様」

 

 「ありがとうございます。――それにしても、ここまで多くの人に賛同していただけるとは思いませんでした」

 

 「俺だって驚いたよ。この戦力だけでも、現存する我が国以外の国をどこでも征服できちゃいそうだよなあ」

 

 「確かにあり得るかもしれませんね。防御系の魔法は失われて久しく、各国はそれをアーティファクトに頼るしかないわけですから。しかも、そのアーティファクトの多くは我が国が所有しているという……」

 

 軽い冗談で言ったんだが、多少なりとも根拠づけられると、本当にあり得るんじゃないかと思えてくる。そして実際にそんなことがあるなら、俺にとってはありがたい話だ。

 

 どこの国でも簡単に滅ぼせるレベルの力があれば、敵国も攻撃を仕掛ける気にはなりづらくなる。そうすれば、ソーン砦にまた平穏な日々がやってくるだろうからな。

 

 ただ、これだけの攻撃力が簡単に確保できるとなると、諸侯の反乱によって自国が滅んでしまう恐れが湧いてくる。よって、このシルヴィエが作り上げた魔法陣は、軍が厳正に管理しなければならない。訓練に参加している住民たちにも、箝口令を敷かねばらならないだろう。

 

 「情報網も整ったとなると、後は敵が攻撃を仕掛けてくるのを待つだけだな」

 

 「そうなりますね。ついこの間までの忙しさと比べると、ずいぶん暇になったものですよ」

 

 「いいじゃないか、暇。暇こそ平和の象徴。平和こそ人類の到達点、だろ?」

 

 「そんなものですかねえ……」

 

 仕事熱心なアルバート君にはご納得いただけなかったようだが、俺は暇が大好きだ。暇な時間があったら何をするのかとよく聞かれるが、俺は何もしない。何もしないことこそ、暇の極上の過ごし方なのだ。


 とはいえ、ここら辺は好みの問題であることも重々承知している。だから、俺は暇な時間を暇に過ごすことを強要したりしない。しかし、暇な時間を忙しく過ごす派の人間は、往々にしてその過ごし方を強要してくる。やめてほしい。


 「それはそうと、副長官」


 「なんだ?」

 

 アルバートがゴソゴソと胸元のポケットを弄り始めた。

 

 「アネモネさんから手紙を預かっていたのを忘れていました」

 

 「手紙?」

 

 アルバートから差し出されたそれを開く。アルバートに伝言させた方が早いのに、わざわざ手紙をしたためたとなると、重要な内容なのだろう。一体何が書いてあるというのか。

 

 低品質なゴワゴワした紙に書かれたその内容を要約すると、「訓練場でサボってないで、砦で働け」とのことだった。

 

 ……バレていたか。アネモネの目に触れることを避けるため、この訓練場に逃避していたということが。だってあいつ、目が合う度に「警備のシフトに入れ」か「見回りのシフトに入れ」しか言わないんだもん。働きたくないんだよ、俺は。

 

 同じことを長官にも言ってるならまだ許せるが、長官には言っていないのだ。《灼ける鎧》に苦しめられていた以前の長官への対処ならまだしも、もうあの人はそれを脱いでいる。甘やかしすぎだろ。いまだに朝から酒飲んで寝てるし、どう考えてもおかしい。

 

 「手紙にはなんと書いてあったのですか? 何か問題でも?」

 

 よほど酷い顔をしていたのか、アルバートが少し心配そうに尋ねてきた。もちろん、こんな手紙の内容を話せるわけがない。

 

 「いや、何でもない。ただ、俺は砦に戻らなければならなくなった」

 

 「……そうですか。では、お送りしますよ」

 

 「頼む」

 

 アルバートは真剣な顔をして頷いた。ここ数日、毎日訓練場で過ごしていた俺が砦に呼び戻されたということで、何か問題が発生したとでも推測しているのだろう。まあ、大間違いなんだが。


 「ほら、乗ってください。急いでいるんですよね?」


 「いや、ゆっくりでいい。――お前だって働き詰めで疲れているだろう?」


 「とんでもございません。毎晩、夕食をラヴとともにするだけで、私の疲れは一瞬にして晴れますので」

 

 匿名の提案により、砦からラヴを追い出すべきかどうかの議題が会議に持ち上がったのは、翌日のことだった。アルバートの強い反対により、否決された。無念。

コ〇ナに感染し、執筆が滞っております。すみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ