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身近な戦力

 外に出ると、一瞥ではその数が把握できないほどの住民たちが集まっていた。感謝を伝えてくれるという話だったが、それなら代表者数名が来ればいいんじゃなかろうか。

 

 え、もしかして本当に集団で暴行を働くつもりなの? 念のために魔纏を発動させた方がいいだろうか、と不安になり始めたときだった。

 

 一人の若い男が、同じような年齢の女の手を引いてこちらに向かってきた。自然と俺の身体は硬直してしまう。そして俺の前に立つや、ガバッと頭を下げた。


 「副長官殿がいらっしゃらなければ、我々三人の命はありませんでした。本当にありがとうございました……!」

 

 「あ、どうも。住民たちの皆さんを守るのも、我々の仕事なので」

 

 どうやら、本当に感謝を伝えたいだけみたいだ。そんな人たちを相手に、魔纏を発動させようなどと考えたのが愚かだった。冷静に考えれば、俺を襲いたいなら外を出歩いているタイミングで闇討ちなり何なりすればいいではないか。

 

 「ところで、三人というのはどういうことですか?」

 

 俺の目の前にいるのは男女二人だし、その奥には三人どころじゃない大勢の人々がいる。我々三人というのは……あ、そういうことか。

 

 俺がその答えに辿り着いたのと同時に、目の前の男が答えた。

 

 「こちらは私の妻なのですが、私たちの子を身籠っておりまして。それで、三人と申し上げました」

 

 「そうでしたか。ご無事で何よりです」

 

 男の返答は、予想通りのものだった。こういうときって、少し気まずいよね。わかってることを解説してもらうとき。

 

 男はまだ言いたいことがあるようで、一呼吸置いてから話を続けた。

 

 「このような言葉だけでは、我々の感謝を表すには足りません。あちらの大勢の者たちも一人残らず同じ思いです。何か、我々にできることはないでしょうか?」

 

 「気にしなくていいんですよ。先ほども申しましたように、皆さんを守るのが我々国境警備隊の仕事なので」

 

 「わかっているんですよ?」

 

 男は少し声の調子を落として言った。わかっているとは何のことだろう。声の調子からして、何かよからぬことな気がするが。まさか、俺の無能ぶりをわかっているとか言い出すんじゃないだろうな。もしそうなら、刺し違えてでも……

 

 「他国からの侵略を受けているんですよね? 住民に体調不良者が続出して、それが解決したと思ったら、すぐに魔物が大挙して押し寄せて来る。こんなの、どう考えてもおかしいですよ」

 

 わかっているとは、ソーン砦が他国からの侵略を受けていることだったらしい。こうも詳細に出来事を把握されていては、言い訳の余地もない。

 

 「バレてましたか。――と言っても、隠す気はありませんでしたけど」

 

 「村の長老から聞きましたが、ソーン砦が攻撃を受けたことは過去にないみたいですね。こんな未曽有の事態に際して、周辺住民として何もしないわけにはいきません」

 

 「そう言われましても……」

 

 俺は返答に窮してしまった。この男の気持ちは理解できるが、訓練をしていない一般人に何ができるというのか。

 

 「前線では、冒険者たちが非正規軍として戦っているではありませんか。程度の差はあるかもしれませんが、私たちにも同様のことができるはずです」

 

 「冒険者たちは、日ごろから魔物討伐などに勤しみ、戦闘経験を積んでいます。あなたたちとはそこが違います。しかも、彼らの中には魔法を使える者もいて……」

 

 そこまで言って気がついた。魔法を使えなくても使えるようになるものがあるではないか。

 

 俺の言葉が途切れたのを不審に思ったのか、男は怪訝そうな表情をしている。それでも何か言うことはない。俺の次の言葉を待っているようだった。

 

 「一つ、協力していただきたいことがあるのですが」

 

 俺がそう言うと、目の前の男だけでなく、住民たちも顔を輝かせた。そんなに協力してくれる気だったのかと思うと、本当にありがたい。

 

 その日のうちに、住民から希望者を募り始め、彼らが魔法陣を使えるようにする訓練を始めた。驚くべきことに、募集から五日目となる今日には、希望者の合計は四千人を超えた。

 

 《悪魔の塩》の被害がなかった地域からも希望者が来ており、ある種お祭り騒ぎとなっている。が、訓練は真面目に取り組んでくれていて、希望者の中で魔力を持つ者は、ほとんど全員が魔法陣の使用が可能になっていた。

 

 四千人の人員が追加されたと考えると、戦力は単純計算でほぼ五倍だ。魔法陣の数が限られているせいで瞬間的な火力に変化はないが、継戦能力が劇的に改善された。

 

 「言っただろう。お前が動けば周りも動くと。今回は、俺の想定を上回る人間が動いたみたいだが」

 

 隣で訓練の様子を見ているフェイロンが言った。腕を組んで、どこか満足げに見える。

 

 「あのときも言ったけど、俺に人を動かすだけの力なんてない。これはただ単に、住民たちの意志なんだ」

 

 「そんなに謙遜ができるやつだったか、お前」

 

 「失礼だな。巷では、謙遜王と呼ばれてるぞ」

 

 「謙遜王って……」

 

 呆れたように言うと、フェイロンはもうそれ以上何も言うことはなかった。真っ直ぐ住民たちがいる場所へと視線を注ぎ、俺の存在がないような振る舞いだ。

 

 話相手を急に失い、俺も訓練をただ見つめるだけの時間を過ごした。とめどなく繰り出される巨大な火球。一発一発が数十人から数百人を殺傷するだけの力を持つ。これだけの力があれば、前回のような戦力を差し向けられても、簡単に退けられるだろう。

 

 フェイロンは先手必勝で攻撃を仕掛ければいいという考えらしいが、やはり俺たちの本来の目標は、国境を「警備」することだ。わざわざ火種を増やすようなことはしたくない。

 

 新たに集まったこの力を使って、シルヴィエたちが南方前線における終戦をもたらすまで、この砦をしっかりと守ろう。俺はそう決意を新たにした。


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