増援なし
シルヴィエが帰った後、俺は軍本部と連絡を取り、国境警備隊に臨時の増援を依頼した。が、あっけなく拒否された。敵勢力も準備が必要だろうし、短期間のうちに再度攻撃を受けることはないという判断がなされた結果だ。
やはり、今は南方前線が最重要ということなのだろう。そうなると俺にできることと言えば、シルヴィエが南方前線を早めに片付けてくれることを祈ることくらいのものだ。妹頼みの兄、ここに極まれり。
完全に見放されているソーン砦。そんな場所を守らなければならない俺の身にもなってほしい。他国に攻撃を仕掛ける前に、侵略されないように守りを固めるべきだと思うのは俺だけだろうか。
そんなことを言ったって、上の言ったことに逆らえないのが軍人の運命。そして、ソーン砦が陥落すれば裁きを受けるのも軍人の運命だ。クソ、俺はなんでこんなタイミングでここに来てしまったんだ。楽をしようというのが神に見抜かれていたとでも言うのか。
「あーあ、どうしたものかなあ」
「妹を待たずに攻撃を仕掛けてしまえばいい」
自室で嘆く俺に、フェイロンはそんな提案をしてきた。が、俺には絵空事にしか思えないものだった。
「いや、最大でも千人ぽっちしかいないんだぞ? 攻め込んだところで返り討ちだろ」
「いくら強靭なシュガ族とて人間に変わりはない。俺たちのように魔纏を使うなら話は別だが、やつらは使わない。あの火球を浴びせれば、勝機を見出せそうなものだがな」
「そうかもしれないけど、上手くやる作戦を思いつかない。あと、報復に出てこられてときが怖いんだよな。この砦が持ちこたえられるのかどうか」
「敵の能動的な侵略だろうと受動的な報復だろうと、攻撃を受けることに変わりはない。つまり、報復に耐えられないのであれば、遅かれ早かれ突破されることになるだろう」
「それは確かに……」
「詰まるところ、お前は決断を先延ばしにしたいだけだ。特に、自分が危険に晒されるときのな。副長官とは聞いて呆れる」
自分が無意識のうちに考えないようにしていたことを言い当てられてしまった。心臓が握りつぶされたかのように強く収縮したのを感じた。
「『黒の刃』のアジトに攻め入ったときのことを思い出せ。お前ならできる。――やる気になればの話だが」
「いや、あのときだって俺は何もしちゃいない。アジトを潰したのは隊員たちだし、ボスを倒したのは長官だし、長官を止めてくれたのはお前だ」
「その登場人物たちを動かしたのがお前だ。お前は弱いかもしれないが、お前が動けば周りも動く。お前はそういう人間だ」
フェイロンが言うような大層な人間でないことは、俺自身が一番よくわかっている。だって、俺みたいなのが職場の上司だったら最悪だもん。
上司というのは中佐のように、強くて賢くて仕事ができて部下思いでなくてはならないのだ。俺にはどれもない。
「俺に人を動かすだけの力なんてないよ」
そう答えたの俺の声は、自分でも驚くほどに情けなかった。フェイロンは何か言いたげだったが、ノックの音がそれを遮った。
「どうぞ」
フェイロンと話していても自分のみじめさを思い知らされるだけなので、俺はドアの向こう側にいる人物に助けを求めるように言った。
ドアを開けて入って来たのはアネモネ。この部屋に直接来るのは、だいたいがフェイロンかアネモネだから、予想通りの人物だった。
「失礼します。――町や村の方々が副長官にお会いしたいと言っているんですが、どうなさいますか?」
「何の用件だ?」
全く心当たりがなく、漠然とした不安感を覚える。また体調不良者が出たのか。それとも、単に俺が嫌いだからこの職を辞するよう脅迫でもしに来たのか。皆目見当もつかない。
「《悪魔の塩》の被害に遭われた方々が、直接感謝を伝えたいとのことです。先日は魔物の襲撃があったため、それが叶わなかったと」
「……あ、そう。それなら行くよ」
予想外の回答だったため、反応が遅れた。感謝とくれば何かお土産もついているだろうし、喜んで馳せ参じよう。
「それならって、他の用件だったら行かないつもりだったんですか?」
「そりゃあ、集団で暴行しに来ましたとか言われれば行かないだろ」
「そんな目的を正直に言うわけないじゃないですか。感謝の言葉を伝えたいとか言って、おびき寄せるのが普通ですよ」
「いや、そこは否定しろよ。なんで集団暴行の可能性を残しておくんだよ」
「どんな可能性も考慮するべきだと愚考します」
アネモネが真面目腐った態度で言うせいで、俺は言い返す気がなくなってしまった。万が一にも住民から暴行を受けてはたまらないので、抑止力としてフェイロンを連れて行こう。
「じゃ、フェイロン。護衛としてついて来てくれ。」
「すまんが、これから体術指導がある。自分の身は自分で守るんだな。住民百人くらいを一人で相手にできなければ、シュガ族には歯が立たんぞ」
「なんで暴行を受ける前提なんだよ……」
「どんな可能性も考慮しておけ」
「はいはい」
俺はアネモネとともに、住民たちのもとへと向かった。
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