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シルヴィエの帰還

 翌日。二日続けて椅子で寝ているせいか、身体の節々が痛む。なぜ椅子で寝ているかと言えば、副長官専用ベッドをシルヴィエに貸しているからだ。妹に対して要らぬ恰好をつけた兄の末路である。

 

 俺が首や肩をグルグル回したり、何回も深呼吸したりしていると、シルヴィエが話しかけてきた。

 

 「ご気分が優れないのですか?」

 

 「いや、全然。元気、超元気」

 

 「それならいいのですが……」

 

 恰好をつけるなら最後まで。というのが俺の信念なので、ここは何とか誤魔化していく。ちなみに、この信念はたった今でっち上げました。

 

 「いずれにせよ、私のためにお待たせしてしまって申し訳ございません」

 

 「気にするな。俺も仕事がサボれてちょうどいいからな」

 

 「お兄様ったら、また調子のいいことを」

 

 シルヴィエは愉快そうに笑った。別に冗談などではなく、俺の本心を偽ることなく伝えたんだが、シルヴィエにはそうは聞こえなかったらしい。

 

 「――あ、見えました!」

 

 「どれどれ」

 

 「あの方向です!」

 

 シルヴィエが指さす方を見ると、俺たちが早朝から待っているものが確認できた。俺たちが待っているものとは、シルヴィエのお迎えだ。

 

 シルヴィエが乗ってきた飛竜はまだ砦にいるのだが、シルヴィエが持ち出した魔法陣が貴重すぎるため、その警護を兼ねて迎えが来るらしい。一人でそんな国家機密レベルのものを持ち歩くんじゃないよ……

 

 銀色の物体が一直線に飛んで来て……爆風。さらに爆風。風で喉と肺が潰されて声も出ない。というか、まず呼吸ができない。

 

 このままでは死ぬ。そう思ったとき、途端に呼吸ができるようになった。

 

 「死ぬかと思った……」

 

 「すみません。魔法をかけるのが遅れました」

 

 シルヴィエに何の魔法かと聞こうと思ったけど、すぐに自己解決した。頭上にいる飛竜が羽ばたくたびに生み出される爆風から身を守るための魔法だ。おそらく、風魔法で爆風を相殺しているのだと思われる。

 

 頭上数メトルという近距離から見る飛竜の羽ばたきは、大迫力だ。さっきまでは死にそうだったからそんな余裕はなかったが、今は安全圏からじっくりそれを観察できる。

 

 徐々に羽ばたきを緩め、飛竜はさらに距離を詰めてくる。シルヴィエがここまで乗ってきたのとは違い、シルヴィエの髪のような銀色。朝日を反射して、目が痛いくらいだ。

 

 そして、とうとう俺たちのすぐそばに飛竜は着地した。ここまで間近で飛竜を見るのは始めてだ。同じドラゴンで言えば、ピーちゃんとか呪龍アポフィスなんかはそばで見たことがあるが、それらとは比べ物にならない神々しさを湛えている。こんなことを言うとピーちゃんが怒りそうだけど。

 

 無遠慮に観察していると、心なしか飛竜が身じろいだ気がする。その直後、一人の人間がその背から降りて来た。俺と同じような体格で、この飛竜と同じような銀色の髪を持っている。それはつまり、シルヴィエと同じ銀髪ということだ。違う点は、それを後ろで一つに結んでいるというところくらいだろうか。

 

 「よお、シルヴィエ! 待たせたなア!」

 

 「私は別に待ってないですけど。できることなら、ここでお兄様としばらく過ごさせていただけるとよかったというのが本心です」

 

 「オイオイ! 親愛なる副団長様がわざわざ迎えに来てやったのに、それはねえって!」

 

 「親愛度がお兄様の方が上なので仕方のないことなのです」

 

 「ケッ! つれねえなア!」

 

 俺は閉口してしまった。シルヴィエに対してこんな態度を取れる人間がいたことに驚いたのだ。そして、シルヴィエが人に対してこんな態度を取れることにも驚いた。兄としては、そういう間柄の人間がいて喜ばしい。無論、その人間が男ならば、あの手この手の陰湿な手段でシルヴィエのもとから追い払うが。

 

 「で、そいつがシルヴィエの兄ちゃん、つまりケイの弟か。巷じゃ英雄として持て囃されてるっていう、例の――」

 

 自らを副団長と名乗ったその女性は、シルヴィエから俺へと視線を移した。シルヴィエともケイ兄とも知り合いらしい。面倒な臭いがする。

 

 「だけどよオ、シルヴィエの兄ちゃんにしてはアホそうだし、ケイの弟にしちゃ貧弱そうじゃねえか?」

 

 この名も知らぬ女性は、目利きが凄まじい。まさにおっしゃる通りだ。客観的事実として、俺はシルヴィエの兄としては頭が悪すぎるし、前線で活躍する武闘派のケイ兄の弟としては貧弱なのだから。

 

 しかし、面と向かって言われると腹が立つ。というよりも、普通に傷つく。兄妹への劣等感は常に抱えているため、それを他人から指摘されると身が内側から爆ぜそうになる。

 

 「ま、シルヴィエがすげえって言うんだから、どこかしら秘めたるすごさがあるんだろうな!」

 

 「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 明らかな社交辞令的フォローが飛んできたが、とりあえず礼を言っておいた。だが、シルヴィエは俺とは対照的に、目の前の女性へと噛みついた。

 

 「フレイには永久にわかりませんよ。お兄様の素晴らしさなど」

 

 「そうかいそうかい。――おっと、時間がないんだった。早く準備してくれ!」

 

 「準備は済んでます。時間がないのに余計な話を始めたのはそっちでしょう」

 

 「そうか? うん、そうかもな」

 

 うちの長官のような話が通じないタイプの人だ、これ。シルヴィエも苦労してるんだなあ。このフレイさんに任せていてはいつまでたっても出発できなさそうだし、ここは俺が帰還を促してやらねば。

 

 「ほら、時間がないんだろ。早く帰るんだ。お前は俺と違って国の役に立つんだから」

 

 「お兄様の方がこの国になくてはならない存在ですよ。――ですが、確かにこんな私にも重要な仕事があるのは事実です。残念ながら、またしばらくお別れです」

 

 「ああ、くれぐれも危ないことはするなよ」

 

 「それはこちらの台詞ですよ、お兄様。では――」

 

 それだけ言うと、シルヴィエの身体がふわりと宙に浮かんだ。緩やかに上昇していき、

いつの間にかはるか上空で待機していた空色の飛竜の背へと消えた。

 

 それを見届けると、フレイも飛竜に乗り、飛び立った。爆風。また死にそうになった。風魔法は解除されていたらしい。


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