シルヴィエと魔纏
ほとんど閑話です。
劇的な作戦終了、そして小さな祝勝会から一夜。俺とシルヴィエは朝早くから修練場に来ていた。目的はもちろん、フェイロン。シルヴィエたっての希望で、魔纏を教わりに来たのだ。どうでもいいけど、「もちろん、フェイロン」って韻踏んでるよな。
修練場では、朝の冷たい刺すような空気の中で、フェイロンの体術講座が開かれている。フェイロンと隊員たちがいる場所からは、ゆらゆらと白く立ち昇る湯気が見える。なかなか近寄りがたい雰囲気だ。
その様子を見ながら、シルヴィエが感想を漏らした。
「凄まじい身のこなしですね。――今はあの魔法は使っていないようですが」
「ああ、隊員たちには体術しか教えていないからな」
「えっ、そうなのですか? 何ともったいない」
「隊員の中には魔力を持たない者もいる。魔力がなければ、魔纏は使えない。一部の隊員だけが魔纏を使うようになれば、隊員間に格差が生じてしまうからな。そういうのをフェイロンは望まないらしい」
「そういうことでしたか。平等を重んじられている方なのですね」
「たぶんな」
故郷の村では魔纏を教えていたらしいから、必ずしも平等を重んじているわけじゃないと思うんだが、別に詳しい理由を尋ねる必要もあるまい。知らなくても困らないことは、知ろうとするのは面倒だと思ってしまうタチなのだ。
「あ、終わったみたいですよ」
「だな。行くか」
そそくさと退出していく隊員たちを尻目に、ずかずかとフェイロンに近づいていく。フェイロンの方も俺たちの存在にはしばらく前から気がついていたみたいで、こっちに向かってくる。
「よう、昨日ぶり。こっちは妹のシルヴィエだ」
「シルヴィエ・マラキアンと申します。お見知り置きを」
「エルの妹か。俺はジン・フェイロンだ」
二人はごく軽い握手を交わした。シルヴィエの動きはややぎこちなく、緊張しているように見えた。
沈黙が場を支配しそうになったとき、フェイロンが口を開いた。
「思い出したぞ。俺が王都を出る日、馬車に近づいてきたやつだな。妹だったのか」
「え、覚えてるの?」
「ああ。前も言ったように、俺は神童と呼ばれる程度には頭がよかったからな。特に、記憶力には自信がある」
「あっそう」
脳筋だと思いがちなフェイロンだが、たまにこういう一面を見せてくるので、俺が頭でも力でもこいつに勝てないことを思い知らされる。勝っているところと言えば、意地の悪さくらいのものだろう。
俺がぶっきらぼうに答えたことに顔色一つ変えず、フェイロンは話の続きを促した。
「で、俺に何か用か?」
「あ、はい! ぜひ、私に魔纏なる技をご教示いただきたく」
「ん? エルに教えてもらえばいいだろう。こいつも魔纏の使い手となったのだから」
「お兄様、そうなのですか!?」
シルヴィエの目からキラキラとした光線が発せられる。人からこうした尊敬の眼差しを向けられることがほとんどないせいで、むず痒さが俺を襲う。とりあえず、大したことないですよ感をアピールしておこう。
「まあな」
「さすがはお兄様です。情報を集めるだけに留まらず、それを習得してしまわれるとは」
「いやあ、なんかたまたま才能があったみたいで」
実際には、俺にロウマンド式魔法の才能がなく、なおかつその練習をしていなかったおかげなんだけどね。そうなると、ロウマンド式魔法が大得意なシルヴィエには、習得は難しいかもしれないな。ラムなんて、絶望的にセンスがないとか言われてたし。
俺のそんな心配をよそに、フェイロンはさっそく授業を始めた。せっかちなやつだ。俺のときの同じように、まずは練魔から。
「どこでもいいが、魔気を身体の一部に溜めて、それを維持しろ」
「魔気というのは、魔力のことですか?」
「詳しいことはわからんが、エルはそう言っていたな」
「わかりました」
答えると、シルヴィエは右手を少し前に出して、空気を乗せるような感じで柔らかく構えた。
しばらくその姿勢を保っていたシルヴィエだったが、手ごたえがなかったのか、一度構えを解いた。首を振りながら、また同じように構える。
「意外と難しいですね。ロウマンド式では、いつもすぐに属性変換させるので」
「あのラムとかいうやつもそんなことを言っていたな」
「えっ、ラムさんをご存じなのですか?」
「ああ。途中で同じ馬車に乗り込んできた」
「ラムさんらしいですね」
それからもシルヴィエは練魔の第一段階である魔力の維持を練習し続けたが、昼前になっても一度も成功しなかった。
「む、難しいです」
幼い頃から魔法では右に出る者がおらず、天才の名をほしいままにしていたシルヴィエは、相当悔しそうである。出来損ないの兄からしたら、シルヴィエにもできないことがあるのだと実感でき、安心できるわけだが。
「何度やっても、こうして――」
さながら極小の稲妻のように、青白い閃光が走った。そして、それを見たシルヴィエはしょんぼりした顔になる。
「魔力が霧散してしまうのです」
霧散するというよりは、俺には弾けたように見えたのだが、魔力が消えてしまういう点では同じか。
「しかし、このような魔力の消え方は今日初めて見たので、これは研究に値する気がしますね。ロウマンド式と他の様式の魔法の差異を明らかにする点で、役に立つかもしれません」
失敗しても、そこから新たな知識を引き出そうとするシルヴィエには、感心せずにはいられない。俺だったら、「なんだ、つまんねーの」と早々に諦めることだろう。
「やはり、ロウマンド式の魔法を修めたやつには、魔纏は難しいみたいだな」
フェイロンはこれまでのシルヴィエの練習を総括するように言った。
「でも、お兄様は両方できるわけですよね?」
「一応な。だが、こいつの場合には――」
「あー、腹減ったなあ! 飯でも食いに行こうぜ!」
フェイロンが余計なことを言いそうだったので、遮らせてもらった。自分で魔法が苦手なことはわかっているが、それを他人から指摘されるのは嫌なのだ。小さいやつだと笑うがいい。
「シルヴィエ、食堂はこっちだぞ!」
シルヴィエの手を取り、俺は食堂へと歩き出した。
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