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軍師の仕事

 数秒のうちに、平原が魔物たちごと凍り付いた。まさに天変地異だ。本能的恐怖を煽られる。理解を超える現象を目の当たりにして、呼吸が浅くなり、頭が回らない。こんな状況下で戦略的な決定をなさねばらないというのは、軍師の過酷な責務である。

 

 私は思わず天を仰いだ。ほんの数分、いや数秒前まで勝利を確信していたというのに、今やこの惨状。誰が予想できただろうか。私が予想できなかったのだから、誰も予想できていないだろうな。

 

 「ん、あれは……?」

 

 天を仰いだとき、妙な物体が目に入った。空に溶け込むような淡青色で、中央から左右に突き出した薄い膜のようなものを規則正しく動かしている。

 

 「飛竜か」

 

 実際に見るのは初めてだが、はるか頭上にいるあれが飛竜だということは、直感が教えてくれた。ロウマンド王国の王宮には、飛竜を従える魔術師部隊が常駐しているという噂をよく耳にする。おそらく、あれがそうなのだろう。

 

 王都からここまでは、たとえ飛竜でも一日以上の時間がかかるはずだ。魔物がソーン砦に向けて進行を始めて一時間程度しか経っていないにもかかわらず、飛竜が駆けつけてくるというのは、こちらの攻撃を予め把握していなければできない。

 

 つまり、私が当初に抱いていた懸念の通り、こちらの攻撃を誘って返り討ちにする気だったのだ。我が軍、というより私はそれにまんまと嵌まり、しっかり相手の計画通りの動きをしてしまったということになる。

 

 相手の作戦は単純で、こちらが感知できないような場所に飛竜を待機させ、ソーン砦が飛竜到達までの時間稼ぎをするというものだったのだと推測できる。

 

 「撤退だ」

 

 「はい……」

 

 再びこんな虚しいやり取りをする羽目になろうとは、軍師として忸怩たる思いだ。

 

 だが、ここで撤退をしないのは最も愚かな行為であると理解している。こちらが飛竜を観測できたということは、飛竜もこちらを観測できたということだから、いつここが攻められるかわからないからな。即時撤退をし、追撃からなんとか逃れなければならない。

 

 結果として、飛竜による追撃はなかった。兵や馬には一切の被害はなく、全くもって平穏無事に撤退できた。死に物狂いで馬を走らせたため、この結果には拍子抜けではある。


 しかし、作戦は完全なる失敗に終わった。各地から集めて来た百五十万の魔物も失った。終始敵方に踊らされた挙句、多くの戦士たちの心も砕かれてしまった。ここから我が軍が再起するには時間がかかるだろう。

 

 それでも、王が諦めることはないと断言できる。それどころか、私の失敗を鑑みて、王自らソーン砦へと赴かれるかもしれない。私としては、できればそれは自重していただきたい。

 

 王とて人の子。高速連射される巨大火球や大地を凍らせる魔法を生身で受けてしまえば、ひとたまりもあるまい。何かしら策を練らねば、どうにもならない相手なのである。

 

 私もソーン砦攻略、その先のロウマンド王国の征服を諦めたくないが、今は現実的ではないと思う。とはいえ、失敗を重ねることで、着実に目指すべき高みは見えつつある。そのことは今後に活かせるはずだ。

 

 例えば、今回の作戦実行によって、アーティファクトで操れる低位の魔物が一五〇万体いたところで、何の役にも立たないということがわかった。

 

 それならば、それよりも多くの魔物を集めるか、もっと強力な魔物を用意するかすればいいのだ。目標がわかっていれば、計画も立てやすい。計画が立てられれば、実行もしやすい。

 

 これを繰り返せば、いずれはかの国の牙城の一角を崩せる日が来るかもしれない。もちろん、来ない可能性だってある。だが、来る可能性が少しでもあるのなら、王は諦めないだろうし、私も諦めない。

 

 我々にとっては幸運なことに、かの国は長らく南方の竜人族の土地にご執心だ。あそこが注意を引き続けてくれている限り、我が国が侵攻を受けることはないと考えられる。つまり、我々はその間にソーン砦への攻撃を好きなだけ仕掛けられるというわけだ。ここは一つ、我慢比べといこうではないか――

 

 ドンドンとノックの音。そこで私の思考は打ち切られた。私が返事をしないでいると、再びドンドンと強く扉が叩かれる。

 

 「どうした?」

 

 「ご報告があります」

 

 「そのままでいい」

 

 てっきり王からの呼び出しかと思ったが、何かの報告らしい。何か次の攻撃を仕掛ける上で役立ちそうな情報でも見つけてきたのだろうか。

 

 「ロウマンド王国軍の南方前線が一キロメトル以上前進しました。前進は今も続いているとのことです」

 

 返事ができなかった。報告は容赦なく続く。

 

 「新型魔法が使われたとのことですが、詳細は調査中です。以上です。失礼します」

 

 報告しに来た者がすごすごと帰っていく足音だけが僅かに聞こえた。

 

竜人族がロウマンド王国を引きつけてくれていれば、などという他人頼みことを考えたバチでも当たったのかと思うほどタイムリーな話題だ。

 

 こうなってくると、竜人族の土地を征服するのも時間の問題のように思われる。それが完了すれば、おそらく次は我が国の番。前回と今回の攻撃に対する報復も兼ねて、新型魔法とやらで撃ち滅ぼしに来るだろう。

 

 新型魔法の詳細は調査中だと言っていたが、私の予想では、高速連射された巨大火球のことだ。もしあれが新型魔法でなく、以前からあるものならば、前回のアンデッドたちはあれを使って倒せばよかったのだから。

 

 「どうすればいい……」

 

 報復に備えて防御を固めるか、報復前に攻撃を仕掛けるか。難しい二者択一を迫られている。自ら領土を差し出して許しを請うという考えは、理論上存在しうるが、王が実行するわけがない。

 

 「どうすればいい……」

 

 落ち着いて考えるんだ、リュー・エクレール。ロウマンド軍の進行速度から取るべき選択肢を考えよう。竜人族の土地は南北に長いため、竜人族には後退の余地がかなりある。

 

 それゆえ、攻略にはそれなりの時間がかかるだろう。仮に一日十キロメトル前進したとしても、三か月以上はかかる。竜人族たちの土地はそれほどに広大だ。

 

 となると、こちらにも最低限の準備期間はある。防御するにしても攻撃するにしても、時間はあるに越したことはない。

 

 「さあ、どうすればいい。考えるんだ」

 

 私の仕事は考えること。私の仕事が、国のため王のためになると思えば、これほど楽しい仕事はない。

 

 私はいつものように、机に向かった。


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