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「勝利」

 我々は、魔物たちの進行具合が確認できるところまで移動した。こうも巨大な魔物の軍勢が迫っていれば、ソーン砦とてわずか数百の我が軍に気づくはずもない。

 

 「結界があった辺りはとうに超えているな」

 

 「はい。軍師様の作戦通りです」

 

 「結界がなくなっていることはあちらも気づいているだろうが、すぐさま再展開することはできまい。このまま注視せよ」

 

 「はっ」

 

 将軍とそんなやり取りを交わしてから五分ほど経った。魔物たちは順調に進行し、あと五百メトルで砦に到達すると見られる。

 

 前回はここからもう少し進んだところで、炎が上がってアンデッドたちが焼かれた。今のところ見た目にわかる変化はなにもないが、今回も突然何かが起こるかもしれない。

 

 そう警戒感を一段階上げたときだった。砦の方から二筋の炎。魔物たちの体躯を上回るような高さの炎が迸った。

 

 「とうとう動いたか。魔物たちを囲う、いや、魔物たちの進路を固定する気だな」

 

 「いかがいたしましょう」

 

 「こちらの存在は気取られていない今、無理に動く必要はない」

 

 「承知しました」

 

 炎の壁に誘導され、魔物たちは狭まった通路の出口へと進んで行く。

 

 「出口の部分で集中攻撃をするつもりかもしれないな。しかし、あれだけの数を倒せる魔術師はいないはずだが……」

 

 砦の魔術師は最大でも五十前後。一人が一万体の魔物を倒せたとしても、後ろに控えている五十万の魔物を計算に含めれば、残りは百万体。到底倒し切れないはずだ。

 

 「これは、勝ったか……?」

 

 「本当ですか!?」

 

 横にいる将軍が期待に満ち溢れた瞳でこちらを見てくる。ここで安請け合いはできない。何と言っても、私には前回の失敗があるから。

 

 「いや、まだわからない。あの砦には私を上回るかもしれない天才がいるに違いないからな」

 

 「そうですか……」

 

 「そう肩を落とさないでくれ。天才一人ではどうしようもないこともある。私にはお前たちがついているから、その点で砦にいるやつとは違うがな」 

 

 「もったいなきお言葉にございます」

 

 「それにしても、あれで何をしようとしているのか……」

 

 私には考えが読めなかった。出口を狭めて狙いをつけやすくしても、五十人の魔術師ではここにいる百万の魔物たちを倒しきることはできまい。何か他に考えていることがあるのか。

 

 いや、何か他の考えがあるのは確実だろう。しかし、それが何なのかはわからない。とにかく、今できることは行く末を見守ることだけだ。

 

 そして、先頭にいる魔物が炎の壁の出口に差し掛かったとき、急展開を迎えた。砦の最上部が輝いたかと思うと、次々に巨大な火球が炸裂したのだ。それが着弾したのは、やはり炎の壁で作られた通路の出口付近。火球を外さぬようにという措置だろう。


 だが、それではどう考えても魔物たちを倒すことはできないはず。ここからどうするというのか。


 「あれは……」


 火球が着弾した辺りから炎が上がっている。その結果、炎の袋小路が出来上がった。


 「何!?」


 私は思わず声を上げてしまった。魔物たちに覆い被さるように、炎が広がったのだ。アンデッドたちが燃やされた炎を上回るような大規模な炎。あのときのことを思い出して、またも身体が震えを覚えた。

 

 しかし、急速に広がった炎は急速にその勢いを落とし、魔物の半分を覆うに留まった。つまり、百万のうち半分の五十万はやられたが、もう半分の五十万は生き残ったということだ。

 

 私の震えは、もう収まっていた。今ので炎の壁も消失してしまい、魔物たちはバラバラの場所に散った。火球を撃っても、十全にその威力を発揮することはできないだろう。ということは、魔力量の問題から、やはり魔物を倒しきることは不可能。

 

 「攻めるなら今でしょう!」

 

 将軍が興奮した様子で言う。しかし、向こうが二段階で何か仕掛けていないとも言い切れない。

 

 「まだだ。これだけで終わるとも思えない。魔物の数に余裕はあるのだから、わざわざお前たちの力を使うまでもないだろう」

 

 「おっしゃることはわかりますが……」

 

 将軍は不服なようだが、私はこれでいいと思っている。王から授かった戦士たちに無駄な傷を負ってほしくないからな。

 

 そんなやや感情的な理由で差し向けることを拒否したわけだが、私はすぐにその決断をしてよかったと思った。


 将軍と話し終えた直後、先ほど見た巨大な火球が、信じられない射出速度で連続して繰り出されたからだ。それは点々と散らばった魔物たちを容赦なく襲う。低位の魔物たちは、そんな攻撃に耐えられるわけもなく、どんどん数を減らしていく。


 「な、何なのですか、あれは……」


 「奥の手と言ったところか。あんなものを残していたとはな……」


 五十人そこらの魔術師だけで、あの高速連射が実現できるとは思えない。魔力量が絶対的に足りないはずなのだ。あれには何か仕掛けがある。


 こうなってしまった以上、戦力の出し惜しみをしている場合ではない。私が魔物の追加投入を決断するのに、時間は要さなかった。


 「残りの五十万も投入せよ」

 

 「はっ」

 

 将軍は真剣な表情で返事をすると、すぐに部下たちへ指示を出した。これだけの魔物を操るための強力なアーティファクトを手に入れるのにも苦労したし、出し惜しみをして失敗なんかできるわけがない。

 

 要は魔力を使い切らせて、最終的に白兵戦を仕掛けられればよいのだから、今は魔物たちに頼るのが最善だろう。どうか、これであの火球が止まればいいのだが。


 その願いが天に届いたかのように、攻撃がぴたりと止まった。砦の前には、いまだ数万体の魔物が残っている。敵が目の前にいるにもかかわらず、わざわざ攻撃を止める理由があるだろうか。


 一つだけある。そう、魔力切れだ。間違いない。後ろからやってくる新たな大群を見て、今のままでは魔力が足りないのだと悟ったのだろう。


 私の頭の中に、「勝利」の文字が浮かんだ。ついに勝利のときが来たのだと確信した。今にも叫び出したい気分だ。

 

 しかし、喜びも束の間、次の瞬間には全く別の理由で叫び出しそうになった。

 

 別の理由とは、恐怖だ。目の前で五十万を超える魔物が凍り付くという、常軌を逸した光景から与えられる本能的な恐怖だった。


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