リュー・エクレールの内省
リュー・エクレールを覚えていますでしょうか?久しぶりの登場になります
アンデッドによる侵略作戦が失敗して以来、私はソーン砦を陥落させる方法、すなわち我が王を満足させる方法だけを考えてきた。
普通に攻め入っても勝てないことはわかっていたが、まさか十万のアンデッドを送り込んでも勝てないとまでは思わなかった。千人程度の国境警備隊員が、百倍の量のアンデッドを駆逐できるなどと誰が思うだろうか。
今でもアンデッドたちを焼き尽くした炎を夢で見るほど、私はかの国に対する恐怖を刻み込まれた。並大抵の戦力で立ち向かってはいけない。中途半端な覚悟で立ち向かってはいけない。妥協された作戦のもとに立ち向かってはいけない。
かの国は、史上最強の軍事力を持つ。であるならば、歴史に存在せぬほどの戦力を、覚悟を、作戦をぶつけない限り、それを打ち破ることなど叶わなかろう。
これまで攻撃されたことのなかったソーン砦だが、攻撃を受けたことによって、警備が厳しくなることが予想された。これは一度目で仕留められなかった私の責任だ。強化された警備を打ち砕かねばならない。そう考えていた。
しかし、砦およびその周辺の様子は何も変わらなかった。砦の上に並ぶ見張りの人数が増えることもなければ、入国審査が厳しくなることもなかったし、結界が多重になったとかもない。東西を行き来する行商人の何人かから聞いた話では、住民たちが武装し始めたとかそういうこともないらしい。
おかしい。明らかにおかしい。十万のアンデッドが攻めてくるという、明らかな人為的で軍事的な匂いのする異常事態が起きたというのに、ソーン砦は警戒を高める様子がないのだ。これ以上おかしいという語彙が当てはまる状況を私は知らない。
誘われている。私は直感的にそう悟った。私たちが全勢力をもって攻め入るよう誘っているのだ。そうでなければ、他国からの攻撃を受けたのにもかかわらず、防衛力の増強を図らない理由がわからない。
私たちが全勢力をもって攻め入るように誘って、何を目論んでいるのか。その答えは容易に想像できる。もう二度と反抗できないほどに、我が国の国力を削ごうとしているのだ。国力だけでなく、反抗心そのものすらも削ごうとしているのかもしれない。
ゆえに、まともな思考力が少しでもある人間は、もうソーン砦に攻め入ろうなどとは考えない。それなのに私がソーン砦攻略の方法を考え続けてきたのは、ひとえに我が王のため。王の望むところを叶えるのため。あの日、王によって拾われた私は、あの方のために尽くすのだと決めたのだ。
当然のことながら、王がまともな思考力を持っていないのだと言いたいわけではない。 王は常識に縛られず、常に自由で、私のような矮小な存在には、その一端すら掴めない存在のだから。
……ダメだな。心を落ち着かせるために瞑想を始めたというのに、かえって心が昂って仕方がない。作戦決行が近いと、普段は考えないようなことまでが頭に浮かんでしまう。
すでにソーン砦に《沈黙の鈴》を掴ませることには成功している。ソルティシアの特殊部隊である『黒の刃』を使い潰してしまったのは後々面倒なことになりそうではあるが、そんなことよりもソーン砦の攻略が重要だ。
現時点では、あとは砦においてあの鈴が使われるのを待つだけとなっている。偵察兵によれば今のところ動きはないみたいだが、三日以内には動きがあると踏んでいる。そうなれば、結界を生成しているアーティファクトは停止するから、そこへ魔物の大群を送り込む。
あの鈴の効果範囲はかなりあるから、警戒されたとしてもほぼ確実に結界を消せるはずだ。万が一消えなかったときには、また《悪魔の塩》で《沈黙の鈴》を使わせるタイミングを窺うしかないだろう。
魔物を各地から集めてくるのにも苦労したし、あれらを維持しておくのにも労力がかかる。できることなら、今回の作戦で蹴りをつけたいものだ。
――そんな風に来るべき日を待ち始めて三日。ついに「砦に動きあり」との報告があった。全身が震えた。比喩ではない。文字通り震えが起きたのだ。アンデッドを用いた侵攻が始まったときにも似たような震えを感じたが、程度が明らかに違う。
何か大事なことの前に震えを覚えるというのは、どうやら私の習性らしい。別に恥ずかしいことでもないことだと承知しているが、人には知られたくない気持ちがある。この作戦が成功してしまえばもうこの震えともお別れだろうから、人に知られることもないと思うが。
さて、現在地は、ソーン砦から五キロほどの地点。周囲の起伏や距離的問題から、砦からはどうやっても観測できない場所だ。我が軍はここに野営地を設置し、しばらくここに滞在している。
前回の反省を活かし、ここまで引き連れて来たシュガ族の戦士は六百を超える。文字通り一騎当千の戦士である彼らをここまで集めれば、いかに難攻不落のソーン砦と言えど、守り切るのは不可能だろう。
圧倒的な数の魔物を送り込み、魔術師隊の魔力を使い切らせ、その後にシュガ族の戦士たちが攻め込む。前回の作戦と形は同じだが、規模が段違いだ。失敗する未来が見えない。
「――ご報告があります!」
自分の天幕で思索に耽っていると、外から声が聞こえた。声の調子からして、いい報告であることが想像される。
「そのまま申せ」
「結界の消失を確認しました」
「よし、魔物の出撃準備だ」
「承知しました」
実に短いやり取りだった。やり取りが短く済むのは、基本的にはいいことだ。それまでに綿密に作戦が練られており、状況の報告をするだけで次の行動が即座に取れるという場合が多いからだ。もちろん、状況が悪すぎてやり取りが短くなる場合もあるが。
「さて、ロウマンド王国ソーン砦よ。今回はどう出てくるかな?」
私は静かに呟いた。その内容とは裏腹に、私の意識の中枢を占めていたのは、あのときアンデッドを退ける作戦を立案・実行した砦にいるだろう一人の天才のことだった。
「名も知らぬ天才よ。次は私が勝つ」
決意の言葉とともに、私は天幕を発った。
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