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シルヴィエとアネモネ

 「し、シルヴィエ、どうしてここに……」

 

 そんな平凡な言葉しか出てこなかった。王都にいるはずのシルヴィエが飛竜に乗って登場するという、常軌を逸した光景を目の当たりにしたというのに。

 

 「《双子の手帳》にメッセージがあったので、来てしまいました。本当はあれを見てからすぐにこちらに来たかったのですが、仕事があったので難しくて。すみません」

 

 ああ、そう言えばそうだ。『黒の刃』に攻め込む前、確かに《双子の手帳》にその旨を書いた気がする。すぐに返事がこなかったけど、シルヴィエは仕事をしていたらしい。

 

 ん、仕事って何だ。シルヴィエはまだ学生。そんなシルヴィエに一体どんな仕事があるというのか。俺みたいなブラック労働をさせられてないといいけど。

 

 「仕事って何やってるんだ?」

 

 「南方前線で試作品の運用を」

 

 「南方前線!?」

 

 「はい!」

 

 シルヴィエは、ここまでのやり取りで一番の笑顔で答えた。なんで南方前線の話で笑顔になるのか理解に苦しむ。

 

 「そんな危ないところで何してるんだよ」

 

 「え? ですから、試作品の運用を。――ほら、あれです」

 

 シルヴィエが指さしたのは、白銀の世界と化した平原。そのどこにシルヴィエの試作品があるというのか。あれって言われただけじゃわかんないよなあ。

 

 「あれってどれよ」

 

 「確かに正確ではなかったですね。えーっと、あの氷原を生み出す魔法を込めた魔法陣が、私の試作品です」

 俺は喉が鳴るだけで声が出なかった。周りの隊員たちも、口を開けて呆けた表情。特に、アネモネなんかは顔から血の気が引いてしまっている。

 

 そんな俺たちの様子を見て、シルヴィエは慌て始めた。

 

 「も、もしかして、魔物にあれをやるのはまずかったですか?」

 

 「いやいやいや、全然! 助かったよ。驚いただけ」

 

 「そうですか、よかったです」

 

 シルヴィエの顔には笑顔が戻った。俺たちは、苦笑いを浮かべるのが精一杯だったが。

 

 何はともあれ、俺たちは合計一五〇万ほどの魔物を討伐することに成功した。こんな大層なことを成し遂げた後には、もちろんこの砦お決まりのアレだ。

 

 と思っていたんだが、長官が寝ているから今日は無しらしい。《灼ける鎧》を脱いで、痛み止め代わりの酒は飲まなくてもよくなったはずなのに。仕事してくれよ。

 

 かと言って、今回の勝利の立役者であるシルヴィエをもてなさないわけにもいかない。そういうわけで、会議室でささやかな祝勝会を開くことになった。

 

 俺の妹であるということは、名門マラキアン家の令嬢。丁寧なもてなしがされて当然なのだが、今回は勝利の立役者ということも加味され、この砦にしてはかなり豪華なものになっている。

 

 「まさか、副長官の妹君があの火球魔法陣の開発者だったとは驚きです」

 

 「俺も初めて聞いたときは驚いたよ」

 

 「そんなに褒められると恥ずかしいですね」

 

 シルヴィエは身体をくねくねさせて喜びを表現している。独特な表現方法だ。

 

 「そして、辺り一面を氷漬けにしてしまったあの魔法を発動する魔法陣まで作ってしまうなんて、まさしく天才ですね」

 

 「うふふ。ありがとうございます」

 

 アネモネは見たことないくらいキラキラとした視線をシルヴィエに注いでいる。その眼差しは、明らかに尊敬の念を湛えている。シルヴィエの兄ということで、俺にもその尊敬の眼差しを分けてくれないかな。あ、そんなこと考えてるから尊敬されないのか。

 

 一方のシルヴィエの方はそろそろ褒められ慣れてきたのか、流麗な所作でお辞儀をして謝意を表していた。いや、シルヴィエの場合は幼少のころから褒められ慣れているはずか。じゃあ、さっきのくねくねしてたやつは何だったんだろう。

 

 俺のそんなことを考えている間にも、興奮冷めやらぬアネモネは、さっきからシルヴィエを質問攻めにしている。

 

 「さっきのあれは、どのような魔法なんですか?」

 

 「広い範囲の温度を急速に下げる魔法です。私が使える魔法ならほとんど魔法陣で再現できるようになりましたから、前線で一番役立ちそうな魔法を魔法陣にしてみたんです」

 

 「あれが前線で使われるのですか?」

 

 「はい。お兄様が与えてくださったヒントが大いに助けになりました」

 

 「副長官が?」

 

 「俺が?」

 

 アネモネはシルヴィエの意図するところがわからなかったみたいだが、俺もわからない。俺はあんな大魔法を使えないし、俺の何がヒントになったというのだろうか。

 

 「呪龍を倒した際、ドラゴンは低温に弱いという仮説を聞いて思ったんです。もしそうならば、竜族も低温に弱いのではないかと。竜族は南方にしか見られない種族ですから、その線が濃厚だと思った私は、広域冷凍術の魔法陣を作ったのです」

 

 「作ったのです」なんて澄ました顔で言われても、こっちはどう反応していいのかわからない。

 

 「それで、結果はどうだったんですか?」

 

シルヴィエの話を前のめりになって聞いているアネモネは、俺が反応に困っていようがお構いなしに質問をぶつける。こんなに積極的なやつだったんだな、アネモネって。

 

 「結果は成功と言って差し支えないと思います。一キロメトル以上前線を押し上げられたので」

 

 「一キロメトル!?」

 

 アネモネの絶叫が、周りの喧騒を掻き消すほどに響く。周囲の注目が集まっていることに気づくと、身を縮こまらせながら話を続けた。声量は小さくなっているが、声音は興奮の色が窺えるものだった。

 

 「歴史的な大事件じゃないですか。南方前線は、十年以上膠着状態が続いていたっていうのに」

 

 「お兄様からのヒントがあってこそですよ。お兄様は前々からこの可能性に気づいておられたのだと思います」

 

 「もしそうだったら驚きですね」

 

 「きっとそうですよ。ね、お兄様?」

 

 「あ、ああ」

 

 アネモネはシルヴィエの言葉が冗談だと思ったのか、嘲笑じみた笑いを俺に向けている。だが、おそらくシルヴィエは本気だ。何と言うか、ちょっと、思い込みが強い子だからな。

 

 それから数分はアネモネがシルヴィエに話しかけて、シルヴィエがそれに応じるという時間が続いた。周りにいる数人の隊員たちは、各々食事や会話を楽しんでいる。

 

 目一杯働いた後のこういう時間もいいかもしれない。なんていう窓際軍人らしからぬ気持ちが心のほんの片隅に湧き始めたところで、会はお開きになった。もう少しこれが続いていれば、俺はブラック労働から抜け出せなくなっていただろう。危ない危ない。

 

 あくまで俺は、窓際軍人を目指すのだ。

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最終回みたいな


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