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白い大地

 予想外の言葉に、俺は一瞬固まった。が、残りの魔物も大して気にするほどの数も残っておらず、気持ちに余裕があったため、すぐに思考を切り替えることができた。

 

 「停止していた原因は? あと、停止しているならまた動かせばいいだろ」

 

 「動かすのは不可能です。魔術師百人がかりで起動するものですので」

 

 「そ、そうか。それなら仕方ないな」

 

 魔物はすでに全て結界の範囲内に入ってしまっているし、別に急いで起動する必要もない。結界を再展開できないのは、仕方のないものとして割り切るしかない。

 

 「ええ。それと、停止していた原因は、《沈黙の鈴》によるものと思われます」

 

 「あー、そういうことか」

 

 《沈黙の鈴》とは盲点だった。砦の外で使ったのに、砦の中央部にある結界用アーティファクトにまで効果を及ぼしてしまうとは。

 

 「つまり、砦の近くであの鈴を使った副長官のせい、ということですね」

 

 「そんな理不尽な」

 

 「冗談ですよ。私も止めませんでしたし」

 

 「だよな。連帯責任ってやつだ」

 

 「いやでも、あくまで実行犯は副長官ですよ」

 

 「実行犯って、犯罪者みたいに言うな」

 

 今度は会話らしい会話が成り立った。魔物の数が減ったことで生まれた心の余裕がなせる業だ。残り数万程度の魔物ごときに、このソーン砦が遅れを取るわけがないのだから。

 

 「一キロ以上前方に、数十万単位の魔物の群れを確認しました!」

 

 そんな心の余裕は、一瞬でなくなった。

 

 悪い冗談だと思いたかったが、報告してきた隊員の指さす方を見ると、確かに何やら遠くの方で動く大集団が見える。

 

 「火球はあと何発撃てるんだ?」

 

 「あと一交代、つまり百発が限界かと……」

 

 アネモネは俯いて答えた。百発じゃあ、目の前にいる三万弱の魔物を倒し切れるかどうかすら怪しい。現時点で残っている魔物たちは、隊員たちに直接狩ってもらおうと思っていたから、これはむしろ計画通りなくらいなんだが……

 

 そこに新たに数十万の魔物というのは、完全に想定外だ。想定外というか、もしかしたらあるかもしれないけど、そうなったらどうしようもないという類の妄想だと思っていた。

 

 しかし、そのどうしようもない妄想は現実のものとなってしまった。どうしようもない妄想が現実になってしまっては、もちろんどうしようもない。

 

 「これはもうダメだな」

 

 そんな言葉が無意識に口を突いて出た。副長官である俺がそんなことを言っている場合じゃないのはわかっているんだが、それだけ絶望感のある敵の増援というわけだ。

 

 こんないいタイミングで増援があるなんて、これがどこかの国もしくは組織の侵略である可能性が著しく高まった。そもそも、結界が消えたときにたまたま自然の魔物が大量に集まってくるなんてことがあるだろうか。さすがにそんなことは考えづらい。

 

 ということは、結界が消えるのがわかっていたのだろうか。もしそうなら、俺たちに『黒の刃』を倒させて、わざと《沈黙の鈴》を手に入れさせたのかもしれない。それで、《沈黙の鈴》が使われたのを把握してすぐに、待機させておいた魔物を侵攻させた。

 

 辻褄は合う。『黒の刃』が俺たちを潰せばそれでよし。『黒の刃』が俺たちを潰せなかった場合でも、《沈黙の鈴》で結界を消してしまえば、魔物での侵攻ができる。そういう二段構えの作戦だったのだと考えるのが、妥当なところだろう。

 

 『黒の刃』への対処で精一杯だったせいで、それに軍事作戦が続くかもしれないという視点を持つことができなかった。軍人としての経験が圧倒的に足りていない俺ごときに、そんなことをしろというのがそもそも無理なお願い――

 

 「諦めないでください!」

 

 突然、俺の横でアネモネが叫んだ。本当に真横も真横だったので、耳がキーンとする。周りにいた隊員たちも、見慣れぬアネモネの様子に驚いている。

 

 「驚かすなよ、耳痛いし」

 

 「す、すみません。――でも、副長官が諦めたら、この砦どころか、この国に危機が訪れるかもしれないんですよ!」

 

 アネモネが涙目で言った。アネモネはこの国の民を愛しているのだろう。そして、それを守る職に就いていることに誇りを持っているのだろう。そうでなければ、こんな必死に俺へ訴えかけることなどしないはずだ。

 

 しかし、俺にはそこまでの熱意はない。無理矢理軍人をやらされてるんだから、そこまでの熱意を持てという方が無理な相談だ。今だって、最悪ここまで敵が攻めてきたら、俺だけでもピーちゃんに乗って逃げればいいやとか考えている。国への思い入れなんて、その程度なのだ。

 

 さて、アネモネの言葉に何て答えよう。俺は腰抜けなので逃げますと答えたいのが正直なところなんだが――

 

 「報告します! 後方に飛竜と見られる飛翔体! とんでもないスピードで、間もなく砦に到達します!」

 

 「後方!?」

 

 一応、アネモネが軍本部に報告は入れているが、こんなに早く応援が来るはずがない。ということは、これは敵による挟撃。

 

 「終わりだな」

 

 「そんな……」

 

 アネモネの悲痛な顔。報告に来た隊員や近くの隊員たちも、顔面から血の気を失っているものがほとんどだ。

 

 「飛竜、来ます!」

 

 爆風とともに、その飛竜は俺たちの頭上を通り過ぎて行った。ほんの一瞬だったが、軍用飛竜の標準装備ではなかったように思う。やはり、これは敵国の飛竜。これでもう、逃げる余裕もない。

 

 そう思ったときだった。大地が白く染まった。枯れ草が火球によって焼かれて黒くなった大地が、どんどん白くなっていく。そうして、すぐに見渡す限りの白銀の大地が完成した。

 

 俺たちの誰も言葉を発さなかった。理解を超えた光景に、身動きの一つも取れない。

 

 静かな時が流れる。一つの音もない。暴れていた魔物たちは、白に飲み込まれ、すでに息絶えているようであった。

 

 そんな静寂を破ったのは、飛竜の轟々という羽ばたきだった。俺たちの遥か頭上に滞空している。

 

 そこから何かが落下してくるのが見えた。人だ。敵国の使者だろうか。宣戦布告でもしに来たのかもしれない。

 

 だが、予想は外れだった。俺の予想は大概当たらない。今回は、嬉しい方に外れてくれた。

 

 落下してきたのは、シルヴィエだった。風魔法でふわりと着地し、俺に微笑んだ。

 

 「お待たせしました。お兄様」


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